第24話 ピアノ(2)

文字数 718文字

 暗いトンネルを抜け、家族5人がそれぞれ我が道を
走るもの、ゆっくり歩むものありだった。
その内長男が、大学へ、しばらくして娘も大学へ、
長男は生業の跡を継ぐのは嫌だと京都で就職した。 
娘も卒業して社会人1年生。次男は大学在学中。
残ったのは夫婦二人きりになった。夫は余命を宣告されて
入退院を繰り返していた。 

 昭和60年、夫は享年59歳だった。
夫の葬儀の10日後に長男は挙式した。これは生前夫の決めた
ことだった。

 広い家に私一人が残った。
3人の子供部屋は伽藍としている。一点豪華にと建てた
居間に主のいないグランドピアノはポツンと居座っている。

 今からでもピアノのレッスンを始めよう。
週一回、先生を招いて幼児用のレッスンから始めた。
左手がどうしてもついてゆけない。
私は、そんなに上達しなくてもいい。小学唱歌が
弾けたら良かったのだが、先生は、唱歌など弾かしてくれない。

要はレッスンについてゆけなくなって3カ月で辞めた。

右手で弾きながら歌った。春の小川、牧場の朝、村のかじや。
音量を低くして、厚手のカーテンをひき夜毎に弾き語った。
雪の降る夜など、哀愁と幸せ満喫したものだ。
昼は一線にいたから楽しみはピアノだけの生活が10年つづいた。

 長男と家を交換して私は家を離れた。ピアノは置いたままである。

 長男に子供が3人の出来たが誰もピアノには興味を示さなかった。

引き越してしばらくして、長男が小型のオルガンを抱えてきた。
ピアノの弾けなくなった侘しさ、わかっていたのだと胸が熱くなった。

 この家でも戸を閉めて、何か悪いことでもするようにオルガンを弾いた。
雪の夜に弾いても哀愁が漂わないのだ。
やっぱり違うのだ。いつの間にかオルガンは蓋をしたままになっている。



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