第30話 莫逆の友

文字数 1,211文字

 小学高学年生になって5人の女子が疎開してきた。
阪神から一人、東京から一人、市内から3人。5人は優劣なく、
揃って勉強がよくできたし、博学だった。
 井の中の蛙は唖然と言うより、驚愕の目を白黒させるばかりだった。
 阪神からきているyは背が小さかった。と、いまもy自身が語っているが、
私ははっきり覚えていない。

 寒村の1クラスしかない小さい学校へ転校を余儀なくされて心細かったことだろう。
 彼女はいきなり「モッチャンガネー」と訳のわからん自分の従姉妹の初恋物語を
面白おかしく、始めた。彼女は、動物的直感で私を選んで子分になったと述懐している。
この子分は優秀だったけど、ずっと子分の域を出ようとしなかった。
 ないもの尽くしの戦時中のこととて、体育の時間は勤労奉仕をしたり、山に出て薪
を取ったりした。田舎の子供は、小さい時から薪取りは慣れていたようだが、私は、
その経験がない。
 ふだん目立たないSが我が意を得たりとばかり立派な薪束を作った。
TもHもMもどんどん束ね背負って帰ってゆく。
  
 さあ大変だ。まとまらない。その上、子分のYは更に駄目で助けてと
寄ってくる。二人とも手を広げたような薪の束を持って這う這うの体で
下山した。後になってみれば何のことはない、真っ直ぐい木を集めて
真ん中で束ねればよかったのだが・・。

 彼女を煩わしく思ったあの日からやがて80年の年月が流れようとしている。
 高校1年の時、彼女の一家は阪神へ帰った。
宝塚を案内してくれたのも彼女だったし、大阪で働いていた時は、
よく家に行きご馳走にありついたものだ。彼女の弟たちは私を待って
いて、乗って行った自動車で一丁廻りを楽しんだ。
 高校中退の彼女は大手菓子会社へ女工として入社したが、彼女の才と智は
認められ、定年で退職する時は経理課の中枢にいた。彼女は立派になって、
 いつの間にか子分の立場は逆転したが、交流は今も脈々と続いている。

 恩師の墓参りがしたいといって、コロナ禍の中彼女は帰ってきた。その師
とは、祖母の姉の孫。あの先生のどこに惹かれたのか?人はさまざまだ。

 二人で故郷の山や川、廃校になった跡も巡った。「モッチャンガネー」は
覚えていたが、薪取りの事は「記憶にございません」と曰う。立場が変われば
記憶もさまざまのようだ。

 追憶の時間は短く感じられた。幼少の友で今、語れるのは彼女一人になった。
お互い前を向いて天寿をまっとうしようねと別れた。彼女の乗った車が町角を
曲がるまで見送っていた。下弦の月に照らされた車の尾灯がやけに赤く感じた。

 昔むかし、祖母がこうして私たちを見送っていた光景と重ねている。
人を見送った後の寂寥は歳と共に深くなる。

 コロナ禍ではあったが、息子の大阪出張に便乗して阪神三宮で彼女と
ランチをともにした。素敵なランチタイムは、アツという間に過ぎ、
わたしは、高速バスで帰った。
 それぞれ異なった80年の時空を超えて二人の元、少女はまた別れた。










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