第33話 傘寿を超えて

文字数 1,121文字

 傘寿を越えた。
時代遅れだが、90歳なにが、めでたいである。
人はお元気ですねと言うが元気ではない。加齢は下り坂を降りるのではなく、
段を降りるのである。一段降りるのに一苦労して次の段を降りる。
降りる度に老いが重なってゆく。老いるとはそういうものだ。
登った山は降りねばならない。幸い山に登る予定も計画もないが、
どうしてもあの河原までは降りねばならない。
 10数年前、甲状腺ガンで甲状腺を全摘したのでホルモンや体温の調節が
思うに任せられない。毎年、高温の頃になると微熱が続いて悩まされている。
11月に入ってまた微熱が続いた。息子は例の微熱だろうと言うけど……
「違う。この熱は違う」と自分の体が訴えている。
かかりつけ医にも診てもらったが微熱の正体は何もわからない。
 12月に入ってすぐ、遂に発熱外来で検査を受けた。発熱外来はよく考えたらもので、
被疑者以外は立ち入れない。被疑者も複数は入れない。
完璧に孤立しているのに感心した「ちょっと痛いですよ」と鼻と奥の粘膜をとった。
ちょっと以上に痛かった。陰性でしたと聞いた途端に、次の患者が飛び込んできた。
先生は、急いでその患者を患者の自動車に戻し、窓越しで問診していた。
コロナ禍の中、医療に関わる方々のご苦労を垣間見て頭が下がる思いだ。
 左側の頭の中が痛いし、ぽつんとしたおできが痒い。手元にある薬を塗ったが効かない。
意とするところがあったので、朝風呂に入り医院を訪ねた。
「帯状疱疹」でしようか? 「似ているけど水泡がないので違うでしょう。何か変わった
ことがあったら連絡してください」土、日が過ぎた。日曜の夜、息子が来て
「これはあやしい」と、言う。翌日の月曜日、専門医を受診したら、やっぱり
「帯状疱疹」だった。あの微熱から始まっていたのだと知って無知とは恐ろしいと改めて思う。
人間の体の神秘というか、自然の教訓をしみじみ知った病だった。心していたら
自然が不具合を教えとくれるのだろうけど、余りに無知で無防備だった。
左目も頭の中にあるのか異常を感じる。眼科を受診したらウイルスは目にも及んでいた。
 左目を病んで20年になるだろうか。視力0、1の目の奥が痛い。
医師から失明した事例もあると聞いた。0、1でも両眼で見るのと片眼で見るのは大いに
異なる。左目にごめんな、頑張ろうなと語りかけている。
痛い。痒いが、快癒した時の爽快を脳裏に描いて耐えている。12月8日

  処方された1週間の薬は飲み終えた。
ウイルス菌はやりつけたのだろうが、後遺症という輩に悩まされている。
人の世は、思うにならないものである。
 心身ともに憂なく越年したいものである。12月15日

 開けるのを忘れていました時期外れになってしまってすみません。









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