第9  意気に感じて

文字数 587文字

 この日は某製紙工場の現場で屋根材を搬入する日である。
浜の近くに失業対策の現場事務所があった。一番に事務所に挨拶をする
のが常識。しかし、私はまずボスの姿を求めた。ボスではない労務者の一
人であるが、気持ちでは頼りになるAはボス。気がついてAから声をかけ
てくれることもある。

「わしは、先約があるから今日はだめだが何人いるんで」
「今日は労働がきついから力持ちを三人頼むわ」
「わかった。ちょっと待って」屈強そうな青年を三人紹介された。
 三人を事務所にに報告した。
 日雇い手帳を預かり、三人と自転車3台をトラックに乗せて現場に向かう。
材料とユニック、職人の人数と時間を確認して帰る。職人が足りないときは、
そのまま、現場で玉掛けの作業を手伝うこともある。
 レッカーが遅れたときは、注意なんてものではない。プロ意識が足らんと
怒りまくる。こんなことが重なるうちに「あのババァは時間に煩いから」と当
たり前のことだが、荷受け時間は厳守されていった。

 夕方、他の車に便乗して飛び入りの三人も帰社する。
手帳に日当の代わりに「印紙」を貼り、少しだけ心付けをそっと渡した。

 農耕民族の血は、農でなくても身体を動かす、働くことが好きなんだ。
夫も子供も二の次だったように思う。

 頭の悪い人間は、体で稼げと夫にバカにされながら、私は充実していた。
私でないと、だめ。と夢を追ったあの頃の自分が、無性にいとしい。


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