第4話

文字数 867文字

 キツネモドキたちを全て“還した”後。しばらく放心したように宙を眺めていた女は、やがて大きな息を吐き出した。
「……いやはや、今回はちょっとひやひやしたのう」
 言いながら目の前の地面に視線を落とす。そこには小粒な結晶、四精石(しせいせき)のかけらがいくつも散らばり日の光を受けて輝いていた。
 見るともなしにそれを見ていると、女の背後から静かな足音が近づいてきた。

「ひやひやした、というのはこちらの台詞(せりふ)なのだ」
 平坦な男の声が落ちる。それはすぐ隣まで来ると、同じように地面に膝をついて女の顔をのぞき込んだ。
「怪我はないのだ?」
 やや面長の、無表情な男の顔。長いこと日に当たっていないような白い肌と、無造作に括られた肩下まである銀色の髪。着ている服には染みや汚れどころか、しわの一つも見当たらない。野外ではなく裕福な家の書斎にでもいる方がふさわしい清潔感のある出で立ちだった。
 女が土と埃にまみれた顔を上げる。色彩の乏しい男の顔周りで唯一、その瞳の色だけが鮮やかな若草色をしていた。

「大丈夫じゃよ。お主はどうじゃ、ラウエル?」
「問題ないのだ」
 女はそれを聞くと柔らかく笑って右腕の篭手を外した。
「何よりじゃ。これで、この一帯もしばらくは落ち着くじゃろうな」
 女は篭手の外側、キツネモドキの爪が当たった箇所を丁寧に調べてゆく。異常がないことを確認すると、目の前に落ちるかけらを改めて眺めだした。
「見てみいラウエル、今回は水精石(あお)が多めじゃ。少し無理をしたが割と良い成果になったのう」
 白い男、ラウエルはほんの少しだけ眉をひそめたが、表情の変化はわずかなものだった。女はラウエルの視線に気づくことなくハンカチを広げ、辺りに散らばった四精石を鼻歌まじりに拾い集めてゆく。

 やがて立ち上がった女は大きく体を伸ばして言った。
「さあて、行くか。次に町に戻った時は美味い酒でも飲みに行きたいものじゃのう」
 女の背中を眺めていたラウエルも小さく息を吐いて立ち上がった。
「荷物を集めてくるのだ。すぐ近くに川が見えたから、……君はまず汚れてしまったその顔を洗った方がいいのだ」
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登場人物紹介

名前 : トレンスキー・エル・デア・ルートポート

誕生日: 10月8日

誕生花: 金木犀(花言葉は謙遜、真実、陶酔)

好物 : 酒類、特に赤ワイン


 クーウェルコルトの若き女四精術師。クウェン公用語で話す時は老人口調。亡き師匠の遺品である四精術増幅装置の片割れと、表世界と裏世界をつなぐ帰還の詠を用いて招来獣を還す旅をしている。


~作者一言~

 お人好しで空回りばかりするドジっ子。なのに個性的な口調と職業のせいで、何となく格好良い人だと周囲に勘違いされているお得な主人公ですね。

名前 :アンティ・アレット

誕生日:2月23日

誕生花:ポピー(花言葉は忘却、想像力、恋の予感)

好物 :干した苺


 フィリエル領アレットで出会った記憶喪失の子ども。無垢で幼げな印象だが招来獣に相対すると攻撃的になる。身体能力が高く短剣を操るのが得意。


~作者一言~

 発展途上、可能性のかたまり。この子が自分の言葉で話して自分だけのトフカ語を操るようになった時、きっと物語は大きな転換期を迎えるような気がします。

名前 :ハヴィク・ラウエル・イル・メルイーシャ

誕生日:7月2日

誕生花:クレマチス(花言葉は精神の美、旅人の喜び、策略)

好物 :アップルパイ


 招来術の天才といわれたクウェンの招来術師シウル・フィーリス・イル・メルイーシャが創った招来獣。精巧な人型を含む七つの形態変化とクウェン語を介する能力を持つ。


~作者一言~

 パーティには語尾が個性的な子や動物系マスコットキャラクターがいた方が良いと言われてできたキャラクター。ボケとツッコミの境界にいる印象が強いです。

名前 :ゲルディーク・イアン・リレッダ

誕生日:9月18日

誕生花:アザミ(花言葉は独立、報復、人間嫌い)

好物 :ハーブティー


 カルア・マグダから来た隻眼の四精術師。カルマの学術機関を逃亡してクウェンに至った。学舎制度の下で育った四精術師を軽蔑し、招来術師や招来獣を強く嫌っている。


~作者一言~

 お花さん好き、声フェチ、被虐趣味、外見からくる劣等感と、四人の中で一番癖のあるキャラ。彼の命がけの復讐はこれから達成されるのでしょうか?

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