第9話

文字数 1,141文字

 小屋に着くと、外套(がいとう)を脱いで椅子に座ったトレンスキーがおもむろに口を開いた。
「さて、まずはアンティの今後について決めんとのう」

 軽く整えた寝台に腰かけたアンティと、入口際の壁に立つラウエルの視線がトレンスキーへと向けられる。
「不運なことに親元から離れてしまったのか、それとも特殊な生い立ちゆえに捨てられたか追われたか……。当のアンティが覚えとらん以上なんとも言えんが、このままというわけにはいかん」
「何か案があるのだ?」

 トレンスキーはううむ、とうなるとラウエルに目を向けた。
「まずはお主に川の上流を見てきてもらいたい。そこにアンティを知る者がおれば大助かりじゃが……」
 トレンスキーはちらりとアンティを眺める。アンティは借りてきた猫といった風情(ふぜい)でトレンスキーをじっと見ていた。
「もし手がかりが何も無いようであれば、……そうじゃな。リタ辺りに相談して預かってもらえるように頼んでみるかのう」
 ラウエルはわずかに首をかしげる。トレンスキーは続けた。
「ワシらの旅に連れていれば危険が多すぎるじゃろ。招来獣(しょうらいじゅう)との混血とはいえ、アンティは大人しそうじゃし問題なかろう?」

 ラウエルは何も答えない。トレンスキーが不思議そうな顔をする。
「どうしたのじゃ、ラウエル?」
「何でもないのだ」
 若草色の目を軽く伏せると、ラウエルが小屋の扉へと足を向けた。
「では、行ってくるのだ」
「ああ、よろしく頼む」

 ラウエルが出ていくと、トレンスキーは一仕事終えたように椅子の上で大きく息をついた。ふとアンティから向けられる視線に気づくと、小さな体を気遣うようにそっと声をかける。
「お主も、訳も分からぬまま連れてこられて疲れたじゃろう?」
「あ、ええと……」
「そうじゃ、干した苺があるぞ。少し食べるか?」
 アンティの目がきょとんと丸くなる。

 トレンスキーはラウエルが置いていった荷物を卓の上まで運んだ。鞘に収められた厚手のナイフや、香辛料を入れた革袋、水筒などを順に取り出した後で目当ての包みを探り当てる。
「ほら、これじゃ。こんなふうに、……口の中に入れてやわらかくすると味が出てくる」
 トレンスキーは一粒を自分の口に入れてみせると、残りの包みをアンティの手に乗せた。
 アンティは砕かれた苺のかけらを興味深そうに指でつまんだ。口に含むと、かさかさとした食感から次第に甘味と酸味が舌先に広がってゆく。

「……おいしい、です」
 頬を緩めたアンティを見て、トレンスキーは嬉しそうに言った。
「良かった、ワシもこれ好きなんじゃよ。残りはお主の分じゃ、全部食べて良いからの」
「ありがとうございます」
 アンティは小さく頷くと、改めてトレンスキーを見上げた。
「その……」
「ん、何じゃ?」
「トレンスキー、さんは、何をしている人なのですか?」
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登場人物紹介

名前 : トレンスキー・エル・デア・ルートポート

誕生日: 10月8日

誕生花: 金木犀(花言葉は謙遜、真実、陶酔)

好物 : 酒類、特に赤ワイン


 クーウェルコルトの若き女四精術師。クウェン公用語で話す時は老人口調。亡き師匠の遺品である四精術増幅装置の片割れと、表世界と裏世界をつなぐ帰還の詠を用いて招来獣を還す旅をしている。


~作者一言~

 お人好しで空回りばかりするドジっ子。なのに個性的な口調と職業のせいで、何となく格好良い人だと周囲に勘違いされているお得な主人公ですね。

名前 :アンティ・アレット

誕生日:2月23日

誕生花:ポピー(花言葉は忘却、想像力、恋の予感)

好物 :干した苺


 フィリエル領アレットで出会った記憶喪失の子ども。無垢で幼げな印象だが招来獣に相対すると攻撃的になる。身体能力が高く短剣を操るのが得意。


~作者一言~

 発展途上、可能性のかたまり。この子が自分の言葉で話して自分だけのトフカ語を操るようになった時、きっと物語は大きな転換期を迎えるような気がします。

名前 :ハヴィク・ラウエル・イル・メルイーシャ

誕生日:7月2日

誕生花:クレマチス(花言葉は精神の美、旅人の喜び、策略)

好物 :アップルパイ


 招来術の天才といわれたクウェンの招来術師シウル・フィーリス・イル・メルイーシャが創った招来獣。精巧な人型を含む七つの形態変化とクウェン語を介する能力を持つ。


~作者一言~

 パーティには語尾が個性的な子や動物系マスコットキャラクターがいた方が良いと言われてできたキャラクター。ボケとツッコミの境界にいる印象が強いです。

名前 :ゲルディーク・イアン・リレッダ

誕生日:9月18日

誕生花:アザミ(花言葉は独立、報復、人間嫌い)

好物 :ハーブティー


 カルア・マグダから来た隻眼の四精術師。カルマの学術機関を逃亡してクウェンに至った。学舎制度の下で育った四精術師を軽蔑し、招来術師や招来獣を強く嫌っている。


~作者一言~

 お花さん好き、声フェチ、被虐趣味、外見からくる劣等感と、四人の中で一番癖のあるキャラ。彼の命がけの復讐はこれから達成されるのでしょうか?

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