第44話

文字数 1,260文字

 翌朝、四人はアーシャ湖への道を歩きはじめた。
 二人が目を覚ます前に川辺へ戻ってきていたゲルディークも、夜明けと共に白鴉の姿で戻ってきたラウエルも無言のままだ。重苦しい沈黙の中、トレンスキーとアンティは夏空の下を並んで歩いた。

 やがて、先頭を歩くラウエルが短く言った。
「見えてきたのだ」

 木々のまばらな平地の向こうに薄靄(うすもや)が漂っているのが見えた。
 緑深いトーヴァ連峰の両腕に抱かれた遠い湖面は、聞いた話のとおり固く凍りついているのだろう。それが夏の日差しに当てられて絶えず白い靄にまかれているのだ。周辺の大地に夏草の緑は見えず、かわりに降りた(しも)を反射して白く輝いていた。

 アンティは小さく息をのんだ。ここへ来るまでに流した汗も引くほどに異質で、いっそ幻想的ともいえる景色だった。
 隣にいるトレンスキーも言葉を失って同じ光景を眺めていた。後ろから追いついたゲルディークが低く声をかける。
「トーヴァ側には、サリエートの動向を見張る招来術師(しょうらいじゅつし)がいるはずだぜ」
「山の向こうはたしか、……フィリエル領じゃな」
 トレンスキーの脳裏に昨夜眺めた地図が浮かぶ。アーシャ湖から(イル)トーヴァを隔てた先は、ちょうどアンティと出会ったフィリエル領アレットの近くである。

 ゲルディークがちらりとトレンスキーを眺めて言う。
「近づいちまえば靄にまかれて見えなくなるだろうが。一応、その派手な装束(ふく)は隠しといた方が良いんじゃないか?」
「そうじゃな、それでなくとも見ているだけで震えが走るような光景じゃ」
 トレンスキーが両腕を抱えながら頷いた。すぐにラウエルが荷物の中から灰茶の外套(がいとう)を取り出して手渡す。

招来獣(しょうらいじゅう)の気配はどうじゃ、ラウエル?」
 受け取った外套に袖を通しながらトレンスキーが尋ねた。ラウエルは若草色の目を細めながら答える。
「いくつか気配はするのだが、正確な数は近づいてみないと分からないのだ」
 いくつか、という言葉にトレンスキーは眉を寄せた。
「サリエート以外にも招来獣はおるということじゃな?」
「おそらく」

 キツネモドキなど量産型と呼ばれる招来獣は同種で群れを作る傾向がある。そして一段格上の招来獣は、そういった群れを統率するように創られていることが多かった。

「ここへ来るまでに招来獣の姿が全くなかったのは、サリエートがこの湖に呼び寄せていたからかもしれぬな」
 トレンスキーはそう言って三人を振り返る。ゲルディークは軽く肩をすくめ、アンティとラウエルは遠く見える湖に改めて視線を移した。
「これからどうするのだ?」
「こうしていても仕方ない。近づいて様子を見てきてくれるか、ラウエル?」
「心得たのだ」
 ラウエルは運んできた荷物を木の根元に置くと、白鴉へと姿を変えた。

「……それにしても」
 高く羽ばたいた白鴉を見送るトレンスキーは、ふと不思議そうな顔で呟いた。
「なぜ、サリエートはこの湖から二月(ふたつき)も動いておらんのじゃろうな?」
「知るかよ、招来獣の考えることなんざ」
 ゲルディークは興味なさそうに鼻を鳴らす。二人の顔を交互に見つめたアンティは小さくうつむいた。
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登場人物紹介

名前 : トレンスキー・エル・デア・ルートポート

誕生日: 10月8日

誕生花: 金木犀(花言葉は謙遜、真実、陶酔)

好物 : 酒類、特に赤ワイン


 クーウェルコルトの若き女四精術師。クウェン公用語で話す時は老人口調。亡き師匠の遺品である四精術増幅装置の片割れと、表世界と裏世界をつなぐ帰還の詠を用いて招来獣を還す旅をしている。


~作者一言~

 お人好しで空回りばかりするドジっ子。なのに個性的な口調と職業のせいで、何となく格好良い人だと周囲に勘違いされているお得な主人公ですね。

名前 :アンティ・アレット

誕生日:2月23日

誕生花:ポピー(花言葉は忘却、想像力、恋の予感)

好物 :干した苺


 フィリエル領アレットで出会った記憶喪失の子ども。無垢で幼げな印象だが招来獣に相対すると攻撃的になる。身体能力が高く短剣を操るのが得意。


~作者一言~

 発展途上、可能性のかたまり。この子が自分の言葉で話して自分だけのトフカ語を操るようになった時、きっと物語は大きな転換期を迎えるような気がします。

名前 :ハヴィク・ラウエル・イル・メルイーシャ

誕生日:7月2日

誕生花:クレマチス(花言葉は精神の美、旅人の喜び、策略)

好物 :アップルパイ


 招来術の天才といわれたクウェンの招来術師シウル・フィーリス・イル・メルイーシャが創った招来獣。精巧な人型を含む七つの形態変化とクウェン語を介する能力を持つ。


~作者一言~

 パーティには語尾が個性的な子や動物系マスコットキャラクターがいた方が良いと言われてできたキャラクター。ボケとツッコミの境界にいる印象が強いです。

名前 :ゲルディーク・イアン・リレッダ

誕生日:9月18日

誕生花:アザミ(花言葉は独立、報復、人間嫌い)

好物 :ハーブティー


 カルア・マグダから来た隻眼の四精術師。カルマの学術機関を逃亡してクウェンに至った。学舎制度の下で育った四精術師を軽蔑し、招来術師や招来獣を強く嫌っている。


~作者一言~

 お花さん好き、声フェチ、被虐趣味、外見からくる劣等感と、四人の中で一番癖のあるキャラ。彼の命がけの復讐はこれから達成されるのでしょうか?

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