間話4

文字数 1,054文字

 トレンスキーたちがヒースを発ってから二日後のこと。黒猫を連れた招来術師(しょうらいじゅつし)が一人、ヒースの村を訪れた。
 村の人間たちは複雑な表情を浮かべていたが、彼が村に立ち入ることに反対する者はいなかった。

 エミリオと名乗った若い招来術師は、前任の術師が村の墓地に埋葬されたことを村長の家で知らされた。
「我々の力が及ばず申し訳ございません。わざわざ埋葬までしていただいて、感謝致します」
 遺品となったわずかな荷物と金色のバッチを手渡されたエミリオは、深い礼を取りながら村長に言った。
「とんでもない。これは救世主さまのお導きでもありますので」
 村長の言葉を聞いたエミリオは空色の目を丸くした。
「救世主、ですか?」
 エミリオが詳しい話を聞きたがると、村長の方も話したくて仕方がなかったのだろう。やや興奮した面持ちで語り始めた。

 二日前のこと。村長は村に一つだけある宿を訪れ、宿屋の一人息子と宿の存続について話し合っていたらしい。
 そこへ、招来術師の亡骸(なきがら)を抱えたフェーダの御使(みつか)いが現れたのだという。
 御使いは、山に()みついていた招来獣(しょうらいじゅう)はもういないことを二人に告げると、静かな声で村長に願い出た。
「この者は自らの使命を精一杯に果たした。どうかその功績を認め、丁重に埋葬してやってほしいのだ」
 そうして招来術師の亡骸を横たえると、御使いは村を後にしたのだという。

 エミリオは口を挟むことなく話を最後まで聞き終えると、穏やかな表情のまま村長に問いかけた。
「それは慈悲深いことです。しかし親切な旅の人間でなく、どうしてそれが御使いであると?」
「それがですね、私たちは見てしまったのです」
 村長は何かを思い出したように大きく身震いした。わずかに声をひそめたその顔には畏敬(いけい)の表情が浮かんでいる。
「その方は村を出た瞬間、白い(からす)に姿を変えて飛び去ってゆかれたのです!」
「白い鴉?」
 エミリオは驚いたように目を見開いた。
「そうです、たしかに白い鴉でした!」

 フェーダの教典に出てくる一節では、神が地上に(つか)いを送る際、それは白い鳥──鳩、あるいは白鴉の姿をしていると伝えられている。
 神と御使い、そしてその言葉を受け取った赤き衣の人間。それはフェーダの教典の中で最も有名な救世主の一幕だった。

「その方々は前夜この村の宿に泊まってゆかれたそうです。招来術師への慈悲も含め、まさしく神が救いの手を差し伸べてくださったに違いありません」
 感極まった様子の村長を見たエミリオは口を閉ざした。それ以上の言葉を重ねることはせず、短く感謝を述べてその場を後にした。
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登場人物紹介

名前 : トレンスキー・エル・デア・ルートポート

誕生日: 10月8日

誕生花: 金木犀(花言葉は謙遜、真実、陶酔)

好物 : 酒類、特に赤ワイン


 クーウェルコルトの若き女四精術師。クウェン公用語で話す時は老人口調。亡き師匠の遺品である四精術増幅装置の片割れと、表世界と裏世界をつなぐ帰還の詠を用いて招来獣を還す旅をしている。


~作者一言~

 お人好しで空回りばかりするドジっ子。なのに個性的な口調と職業のせいで、何となく格好良い人だと周囲に勘違いされているお得な主人公ですね。

名前 :アンティ・アレット

誕生日:2月23日

誕生花:ポピー(花言葉は忘却、想像力、恋の予感)

好物 :干した苺


 フィリエル領アレットで出会った記憶喪失の子ども。無垢で幼げな印象だが招来獣に相対すると攻撃的になる。身体能力が高く短剣を操るのが得意。


~作者一言~

 発展途上、可能性のかたまり。この子が自分の言葉で話して自分だけのトフカ語を操るようになった時、きっと物語は大きな転換期を迎えるような気がします。

名前 :ハヴィク・ラウエル・イル・メルイーシャ

誕生日:7月2日

誕生花:クレマチス(花言葉は精神の美、旅人の喜び、策略)

好物 :アップルパイ


 招来術の天才といわれたクウェンの招来術師シウル・フィーリス・イル・メルイーシャが創った招来獣。精巧な人型を含む七つの形態変化とクウェン語を介する能力を持つ。


~作者一言~

 パーティには語尾が個性的な子や動物系マスコットキャラクターがいた方が良いと言われてできたキャラクター。ボケとツッコミの境界にいる印象が強いです。

名前 :ゲルディーク・イアン・リレッダ

誕生日:9月18日

誕生花:アザミ(花言葉は独立、報復、人間嫌い)

好物 :ハーブティー


 カルア・マグダから来た隻眼の四精術師。カルマの学術機関を逃亡してクウェンに至った。学舎制度の下で育った四精術師を軽蔑し、招来術師や招来獣を強く嫌っている。


~作者一言~

 お花さん好き、声フェチ、被虐趣味、外見からくる劣等感と、四人の中で一番癖のあるキャラ。彼の命がけの復讐はこれから達成されるのでしょうか?

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