第34話

文字数 1,504文字

「……アンティ、ラウエル? 失礼するぞ」
 しばらく待った後で扉を開いたトレンスキーは目の前の光景を見て絶句した。

 部屋の床に両膝をついたラウエルと目が合う。その向かいに立ちつくすアンティは、日に焼けた頬の上にほろほろと涙を落としていた。
「お、お主らどうした? 一体何があったのじゃ?」
 トレンスキーはおろおろとアンティの側に寄った。着替えたての術師装束はまだ四精石(しせいせき)を詰めていない分、普段よりも軽く裾が揺れる。

 結ったばかりの毛先を床に落としたトレンスキーはアンティの黒髪をかき分けながらその顔をのぞき込んだ。
「け、ケンカか、ケンカしたのか? いやまさかお主らがな。叱られた、などというのもあり得んよな。ひょっとしたらあれか、ラウエルの不用意な一言にものすごく傷ついてしまったかんじか?」
「せ、師匠(せんせい)、その……」
 矢継ぎ早に問いかけてくるトレンスキーに、目を見開いたアンティがつっかえながら声を上げる。自分でも状況がよく理解できていないといった様子だった。

 側で見ていたラウエルが小さく息を吐いて立ち上がった。
「それは、共鳴しているのだ」
「共鳴?」
「おそらく、他の招来獣(しょうらいじゅう)の、……内面に」
 トレンスキーとアンティが揃ってラウエルを見る。
「どういう意味じゃ、ラウエル?」

 窓辺に寄ったラウエルが目を細めながら二人を見下ろした。
「それの攻撃性が顕著(けんちょ)に現れたのは、招来獣と対峙した時だったのだ。しかし旅をしている中で、それが私たちに対して敵意を向けたことはなかったのだ?」
「……それは、たしかに。招来獣の(さが)ゆえに攻撃的になるのなら、ワシらと仲良くできること自体おかしなことじゃな」
 頷いたトレンスキーにラウエルは淡々と言葉を続けた。
「目覚めた当初、それには記憶がなかった。言い換えれば内面が空白だったのだ。そこに戦闘用招来獣たちの内面が共鳴していたと考えれば……」
「なるほどのう」

 トレンスキーは思い出すように目を閉じる。
 初めて出会った日に見せたキツネモドキたちを蹂躙(じゅうりん)する姿。そして先日のオオカミグマとの戦闘。金色の瞳が見せた敵意の色は、そのまま相対する招来獣たちを映した鏡だったということか。

「それでは今、アンティが泣いておったのは……?」
 そこまで考えたトレンスキーは訝しげな声を上げたが、陽光の影になったラウエルの顔を見てはっと言葉をのみこんだ。
 かわりに、側にいるアンティにそっと目を向けた。
「……その。お主は今の話を聞いてどう思う、アンティ?」
「……わ、分かりません」
 アンティは強く首を振った。
「僕は、どうしたらいいでしょうか?」

 目の前のトレンスキーは久しぶりに見る深紅の術師装束姿だ。その左肩にわずかに残る修繕の跡を見て、アンティの表情がくしゃりと歪む。
「僕は、もう、この前みたいに、師匠(せんせい)に怪我をしてほしくありません」
 震える声でアンティは言う。
 後悔と深い不安をにじませた声だった。
「招来獣と会ったら、僕はまた(たお)したい気持ちを抑えられなくなるかもしれません。それで師匠(せんせい)たちに、また迷惑をかけてしまうかも、……しれません」
「アンティ……」
「でも、置いていかないでほしいです」
 再び頬に伝った涙は、ラウエルの感情に誘起(ゆうき)されたものではなかった。
「リタさんの言うとおり危険な旅だとしても。僕は師匠(せんせい)と、ラウエルさんと一緒に行きたいです。連れていってほしいです。でも、それで師匠(せんせい)に迷惑をかけてしまうのは嫌で……!」

 それは、二人に初めて語ったアンティの本心だった。

「……どうしたら、いいでしょうか?」
 揺れる金色の瞳が(すが)るようにトレンスキーを見つめた。
「どうしたら僕は、師匠(せんせい)を困らせないようにできるでしょうか?」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

名前 : トレンスキー・エル・デア・ルートポート

誕生日: 10月8日

誕生花: 金木犀(花言葉は謙遜、真実、陶酔)

好物 : 酒類、特に赤ワイン


 クーウェルコルトの若き女四精術師。クウェン公用語で話す時は老人口調。亡き師匠の遺品である四精術増幅装置の片割れと、表世界と裏世界をつなぐ帰還の詠を用いて招来獣を還す旅をしている。


~作者一言~

 お人好しで空回りばかりするドジっ子。なのに個性的な口調と職業のせいで、何となく格好良い人だと周囲に勘違いされているお得な主人公ですね。

名前 :アンティ・アレット

誕生日:2月23日

誕生花:ポピー(花言葉は忘却、想像力、恋の予感)

好物 :干した苺


 フィリエル領アレットで出会った記憶喪失の子ども。無垢で幼げな印象だが招来獣に相対すると攻撃的になる。身体能力が高く短剣を操るのが得意。


~作者一言~

 発展途上、可能性のかたまり。この子が自分の言葉で話して自分だけのトフカ語を操るようになった時、きっと物語は大きな転換期を迎えるような気がします。

名前 :ハヴィク・ラウエル・イル・メルイーシャ

誕生日:7月2日

誕生花:クレマチス(花言葉は精神の美、旅人の喜び、策略)

好物 :アップルパイ


 招来術の天才といわれたクウェンの招来術師シウル・フィーリス・イル・メルイーシャが創った招来獣。精巧な人型を含む七つの形態変化とクウェン語を介する能力を持つ。


~作者一言~

 パーティには語尾が個性的な子や動物系マスコットキャラクターがいた方が良いと言われてできたキャラクター。ボケとツッコミの境界にいる印象が強いです。

名前 :ゲルディーク・イアン・リレッダ

誕生日:9月18日

誕生花:アザミ(花言葉は独立、報復、人間嫌い)

好物 :ハーブティー


 カルア・マグダから来た隻眼の四精術師。カルマの学術機関を逃亡してクウェンに至った。学舎制度の下で育った四精術師を軽蔑し、招来術師や招来獣を強く嫌っている。


~作者一言~

 お花さん好き、声フェチ、被虐趣味、外見からくる劣等感と、四人の中で一番癖のあるキャラ。彼の命がけの復讐はこれから達成されるのでしょうか?

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み