第27話

文字数 961文字

 トレンスキーが重く貼りついた瞼を上げると、ぼんやりとした視界に折れた木々と荒れた獣道が映った。
「ぬぅ……?」
「お、目ぇ覚めたか?」
 すぐ上方からゲルディークの声が落とされる。
「急に動くなよ、左肩痛むだろうからさ」

 淡々と告げられる言葉を聞いたトレンスキーはぎこちなく首を動かした。見れば右腕の篭手は外され、裂けた術師装束はゆるくはだけられている。代わりに上半身にはラウエルの外套(がいとう)がかけられていた。
 背中の傷は布できつく押さえ止血がされているようだった。目覚めてからすぐに感じた息苦しさはこの圧迫感のせいだったらしい。

「……服が、外套も」
 身じろぎしたトレンスキーは引きつるような痛みに顔をしかめる。ゆっくりと体を起こすと、呼吸を整えながら落ち着ける姿勢を探す。
「しばらくは()っておったのじゃが、……これは町に着いたら修繕に出さねばならぬのう」
 うわ言のように独りごちるトレンスキーにゲルディークは舌打ちした。
「馬鹿、服よりまず自分の体を心配しろよ。その傷、絶対跡が残るからな」
「……お主、怪我人に向かって容赦ないのう」
「自業自得だろ。招来獣(しょうらいじゅう)相手に、四精術師(しせいじゅつし)が一人で体張りやがって」
 ゲルディークの小言を苦い表情で聞きながらトレンスキーが視線を巡らせる。
 左側にはオオカミグマを塞いでいた横穴が見えた。どうやら横穴近くの壁沿いで、目が覚めるまでゲルディークの膝を借りていたようだった。

「ラウエルとアンティは……?」
「お馬さんは村に例の遺体を持って行った。戻ってきて、お前が動けるようならここを移動する予定だよ。子犬ちゃんは……」
 ゲルディークは反対側の地面を示した。
 見ればアンティは少し離れた雑草の中で体を丸めて横になっていた。
「お前が気を失ってからずっとわんわん泣いてるし、治療中も付きまとってきて邪魔だったから薬で寝かせた」
「な、お主……!」
 顔色を変えたトレンスキーに、しかしゲルディークは突き放すように顔を背けた。
「文句は聞かねえ。本来なら師匠であるお前が何とかすべきだったんだぜ?」
「そ、それは、……たしかに」

 傷を負ったのも気を失ったのも、全て自分の落ち度である。反論する言葉もなく、トレンスキーは小さくうなだれた。
 その様子を横目でちらりとうかがったゲルディークは言う。

「お前さあ、無理しすぎじゃないか?」
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登場人物紹介

名前 : トレンスキー・エル・デア・ルートポート

誕生日: 10月8日

誕生花: 金木犀(花言葉は謙遜、真実、陶酔)

好物 : 酒類、特に赤ワイン


 クーウェルコルトの若き女四精術師。クウェン公用語で話す時は老人口調。亡き師匠の遺品である四精術増幅装置の片割れと、表世界と裏世界をつなぐ帰還の詠を用いて招来獣を還す旅をしている。


~作者一言~

 お人好しで空回りばかりするドジっ子。なのに個性的な口調と職業のせいで、何となく格好良い人だと周囲に勘違いされているお得な主人公ですね。

名前 :アンティ・アレット

誕生日:2月23日

誕生花:ポピー(花言葉は忘却、想像力、恋の予感)

好物 :干した苺


 フィリエル領アレットで出会った記憶喪失の子ども。無垢で幼げな印象だが招来獣に相対すると攻撃的になる。身体能力が高く短剣を操るのが得意。


~作者一言~

 発展途上、可能性のかたまり。この子が自分の言葉で話して自分だけのトフカ語を操るようになった時、きっと物語は大きな転換期を迎えるような気がします。

名前 :ハヴィク・ラウエル・イル・メルイーシャ

誕生日:7月2日

誕生花:クレマチス(花言葉は精神の美、旅人の喜び、策略)

好物 :アップルパイ


 招来術の天才といわれたクウェンの招来術師シウル・フィーリス・イル・メルイーシャが創った招来獣。精巧な人型を含む七つの形態変化とクウェン語を介する能力を持つ。


~作者一言~

 パーティには語尾が個性的な子や動物系マスコットキャラクターがいた方が良いと言われてできたキャラクター。ボケとツッコミの境界にいる印象が強いです。

名前 :ゲルディーク・イアン・リレッダ

誕生日:9月18日

誕生花:アザミ(花言葉は独立、報復、人間嫌い)

好物 :ハーブティー


 カルア・マグダから来た隻眼の四精術師。カルマの学術機関を逃亡してクウェンに至った。学舎制度の下で育った四精術師を軽蔑し、招来術師や招来獣を強く嫌っている。


~作者一言~

 お花さん好き、声フェチ、被虐趣味、外見からくる劣等感と、四人の中で一番癖のあるキャラ。彼の命がけの復讐はこれから達成されるのでしょうか?

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