第11話

文字数 1,250文字

 飛び出した先は夕暮れの色に染まりかけていた。

 鮮やかな緑を茂らせた木々に赤みを増した日の光が強く差す。旅慣れたトレンスキーでさえ一瞬戸惑うほどの眩しさだった。
「アンティ、どこじゃアンティ!?」
 トレンスキーが周囲を見回しながらアンティの名を呼ぶ。その顔は焦燥(しょうそう)に引きつっていた。

 招来獣(しょうらいじゅう)の多い地帯は抜けたと思っていた。
 昼間にあれだけ”還した”のだから大丈夫だろうと。
 そう思い、ラウエルを行かせてしまった判断を大きく悔やんだ。

 湧き上がる悪寒を抑えるように両腕を抱えると、トレンスキーは強く目を閉じて周囲の音に耳を澄ませる。
 荒い鼓動を押さえつけると、葉擦れの音にまぎれて何かの声が耳に届いた。
 細く、長い、悲鳴にも似た響きだった。
 弾かれたように顔を上げたトレンスキーは声のした方向、西陽の光が迫る茂みの中へと飛びこんだ。
 わずかに聴こえた声は、人間のものよりも獣のそれに近かった。そうして、小屋を出てゆく前に見せたアンティの様子。不安に急き立てられながらトレンスキーは足を進めた。
 すぐ近くで、金属のぶつかる音が響いた。
「……アンティ!」

 木立を抜けたトレンスキーの目が眩しさに細められる。
 夕陽を受けて光る刃先が見えた。

 腕を大きく振り上げたアンティがその切っ先をキツネモドキへと向けていた。厚手のナイフがキツネモドキの額に躊躇(ちゅうちょ)なく突き立てられる瞬間がトレンスキーの目に焼きつく。
 赤焼けに染まる二つの影が地面に転がった。
 アンティは引き抜いた刃を返してキツネモドキの胸を深々と刺した。核を貫いたのだろう、キツネモドキの姿はぼろりと砕けて(ちり)になる。
 すぐに立ち上がったアンティが獣のように低く駆け出す。その先にいるのは牙を剥くもう一体のキツネモドキだった。
 キツネモドキの攻撃に怯むことなくナイフを構えると、アンティは灰色の毛皮に飛びかかってその刃を振り下ろした。ぴたりと胸に狙いを定めた鋭い一撃。けたたましい悲鳴が上がり、あっという間にもう一体のキツネモドキまでもが塵へと変わる。

 目の前で繰り広げられる光景にトレンスキーは呆然と立ちつくした。
 人間離れした身のこなしと、核を狙った的確な剣さばき。
 本来であればそれなりの知識がなければ対処できないはずの招来獣(しょうらいじゅう)たちを、小さな子どもが目の前で楽々と(ほふ)ってみせたのだ。

 獲物がいなくなると、アンティは息を整えながらナイフを握った腕をだらりと下げた。トレンスキーがその背中に駆け寄る。
「だっ、大丈夫かアンティ、怪我はないかっ!?」
 トレンスキーの声に反応したアンティが振り返り、ゆっくりと顔を上げた。
 金色の瞳には理性とはかけ離れた、濁ったような光が宿っている。それを見たトレンスキーは気圧されたように動きを止めた。

 トレンスキーの姿に焦点が合うとアンティはきょとんと目を丸くした。
 手にしていたナイフがぱたりと落ちる。
「……はい、大丈夫です」
 アンティは小さく答えた。
 その顔は昼間出会った時と同様の、無垢で大人しげな子どもの表情に戻っていた。
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登場人物紹介

名前 : トレンスキー・エル・デア・ルートポート

誕生日: 10月8日

誕生花: 金木犀(花言葉は謙遜、真実、陶酔)

好物 : 酒類、特に赤ワイン


 クーウェルコルトの若き女四精術師。クウェン公用語で話す時は老人口調。亡き師匠の遺品である四精術増幅装置の片割れと、表世界と裏世界をつなぐ帰還の詠を用いて招来獣を還す旅をしている。


~作者一言~

 お人好しで空回りばかりするドジっ子。なのに個性的な口調と職業のせいで、何となく格好良い人だと周囲に勘違いされているお得な主人公ですね。

名前 :アンティ・アレット

誕生日:2月23日

誕生花:ポピー(花言葉は忘却、想像力、恋の予感)

好物 :干した苺


 フィリエル領アレットで出会った記憶喪失の子ども。無垢で幼げな印象だが招来獣に相対すると攻撃的になる。身体能力が高く短剣を操るのが得意。


~作者一言~

 発展途上、可能性のかたまり。この子が自分の言葉で話して自分だけのトフカ語を操るようになった時、きっと物語は大きな転換期を迎えるような気がします。

名前 :ハヴィク・ラウエル・イル・メルイーシャ

誕生日:7月2日

誕生花:クレマチス(花言葉は精神の美、旅人の喜び、策略)

好物 :アップルパイ


 招来術の天才といわれたクウェンの招来術師シウル・フィーリス・イル・メルイーシャが創った招来獣。精巧な人型を含む七つの形態変化とクウェン語を介する能力を持つ。


~作者一言~

 パーティには語尾が個性的な子や動物系マスコットキャラクターがいた方が良いと言われてできたキャラクター。ボケとツッコミの境界にいる印象が強いです。

名前 :ゲルディーク・イアン・リレッダ

誕生日:9月18日

誕生花:アザミ(花言葉は独立、報復、人間嫌い)

好物 :ハーブティー


 カルア・マグダから来た隻眼の四精術師。カルマの学術機関を逃亡してクウェンに至った。学舎制度の下で育った四精術師を軽蔑し、招来術師や招来獣を強く嫌っている。


~作者一言~

 お花さん好き、声フェチ、被虐趣味、外見からくる劣等感と、四人の中で一番癖のあるキャラ。彼の命がけの復讐はこれから達成されるのでしょうか?

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