第42話

文字数 1,358文字

「そう、なのですね」
 欲しかった答えとはやや違っていたのだろう。アンティは曖昧な表情で頷いた。

 ゲルディークは光る蛍露草(ほたるつゆくさ)を興味深そうに眺めているトレンスキーに視線を向けると、呆れ混じりの声で言った。
「ついでに言っとくが、お前の師匠はかなり特殊な例だぜ。即興でトフカ語を紡いで闘う術師なんてめったにいないからな」
「そうなのですか?」
「ああ。四精術(しせいじゅつ)は準備が九割、こいつの真似なんてしたら間違いなく死ぬぞ」
 言外に非難するような響きを受けて、トレンスキーは慌てて顔を上げた。

「わ、ワシだってちゃんと準備はしておるぞ。四精石(しせいせき)()()けとか、調合とか。ただ、トフカ語は、その時にならぬと上手く言葉が出てこぬのじゃ」
「だからそれが意味分かんねえんだよ。何だよ出てこないって。お前が四精術に対してふざけた態度取ってると弟子にも悪い影響が出るんだぞ」

 やいやいと話す二人の側で、アンティの視線が手元の花へと落ちる。ふわりと輝く薄青色の花弁を不思議そうに眺めたアンティは金色の瞳を再びゲルディークに向けた。
「ゲルディさんは、どうして四精術に植物を選んだのですか?」

 ゲルディークがぴたりと押し黙った。
 不意に訪れた沈黙が、静かに流れていた川辺の水音を急に際立たせる。
「ゲルディーク?」
 トレンスキーが声をかけると、ゲルディークが思い出したように深く息を吸いこんだ。

「……お花さんが、俺の理想だったから」
 ゲルディークがゆっくりと声を発した。アンティに向けた顔に浮かぶのは薄く小さな笑みだった。
「お花さんは汚い声で(わら)ったりしないし、他人を見下して(つば)を吐くようなこともない。静かで清楚な佇まいをしてるがその(じつ)、人間だって簡単に殺せるような強烈な毒を秘めてたりするから。そういうの、いいなって思わない? どうしようもなく憧れたりしない?」
 楽しげに、歌うような軽やかさでゲルディークは言う。その声音と話される内容にアンティは目を丸くした。

「ゲルディーク。アンティに妙なことを吹き込むでない」
「聞かれたから答えただけさ」
 制止の声もゲルディークは淡々と受け流す。戸惑った様子のトレンスキーに目を向けることもなかった。

「四精術は(ゆる)された学問だろ? 生まれた国も、貴賤(きせん)や性別も関係なく、志す者すべてに開かれてきた歴史がある。己が心のままに、果たしたいことを果たせばいい。それをおかしいなんて否定する方がおかしいじゃないか。……なあ?」

 貼りつけたような笑みのままゲルディークはアンティの握る花に目をやった。軽く細めた鳶色(とびいろ)の左目にひらめいたのは暗い色の光だった。

「教本に載るトフカ語を暗記しただけで四精術師? 国益のない研究はするだけ無駄? 学舎の方針に従わない術師は弾圧されて然るべき? ……いつから四精術は権力に媚びる人殺しの道具になり下がったんだろうな?」

 低く這うような響きにアンティはひく、と息をのんだ。
 普段はふてぶてしい態度で隠しているが、ゲルディークはその身の内に根を張るように深くどろどろとした感情を抱えているのだ。それを笑顔で振りまく(いびつ)さを垣間見たアンティはぞくりとした恐怖を覚えた。

「まして招来術(しょうらいじゅつ)なんてさ。カーリーフやシウル・フィーリスのような人種が英雄だなんだともてはやされる世界なんて、本当に狂ってるとしか言いようがない」
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登場人物紹介

名前 : トレンスキー・エル・デア・ルートポート

誕生日: 10月8日

誕生花: 金木犀(花言葉は謙遜、真実、陶酔)

好物 : 酒類、特に赤ワイン


 クーウェルコルトの若き女四精術師。クウェン公用語で話す時は老人口調。亡き師匠の遺品である四精術増幅装置の片割れと、表世界と裏世界をつなぐ帰還の詠を用いて招来獣を還す旅をしている。


~作者一言~

 お人好しで空回りばかりするドジっ子。なのに個性的な口調と職業のせいで、何となく格好良い人だと周囲に勘違いされているお得な主人公ですね。

名前 :アンティ・アレット

誕生日:2月23日

誕生花:ポピー(花言葉は忘却、想像力、恋の予感)

好物 :干した苺


 フィリエル領アレットで出会った記憶喪失の子ども。無垢で幼げな印象だが招来獣に相対すると攻撃的になる。身体能力が高く短剣を操るのが得意。


~作者一言~

 発展途上、可能性のかたまり。この子が自分の言葉で話して自分だけのトフカ語を操るようになった時、きっと物語は大きな転換期を迎えるような気がします。

名前 :ハヴィク・ラウエル・イル・メルイーシャ

誕生日:7月2日

誕生花:クレマチス(花言葉は精神の美、旅人の喜び、策略)

好物 :アップルパイ


 招来術の天才といわれたクウェンの招来術師シウル・フィーリス・イル・メルイーシャが創った招来獣。精巧な人型を含む七つの形態変化とクウェン語を介する能力を持つ。


~作者一言~

 パーティには語尾が個性的な子や動物系マスコットキャラクターがいた方が良いと言われてできたキャラクター。ボケとツッコミの境界にいる印象が強いです。

名前 :ゲルディーク・イアン・リレッダ

誕生日:9月18日

誕生花:アザミ(花言葉は独立、報復、人間嫌い)

好物 :ハーブティー


 カルア・マグダから来た隻眼の四精術師。カルマの学術機関を逃亡してクウェンに至った。学舎制度の下で育った四精術師を軽蔑し、招来術師や招来獣を強く嫌っている。


~作者一言~

 お花さん好き、声フェチ、被虐趣味、外見からくる劣等感と、四人の中で一番癖のあるキャラ。彼の命がけの復讐はこれから達成されるのでしょうか?

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