第13話

文字数 1,232文字

「しかし、こんな小さな子をワシらの都合で危険に晒すことはできん。そもそもワシ、子どもなんて育てたことないし無理じゃよ」
 及び腰な様子を見せるトレンスキーに、ラウエルは不思議そうに首をかしげる。
「元々、君が見つけなければこれは川辺で力尽きていたのだ」
「それはそうじゃが……」
「では町の入り口まで案内して、そこに置き放してゆくのだ?」
「そ、そんな無責任なことは。いやしかし、強引にワシらの旅に連れ回すのも無責任が過ぎることじゃ、し……」

 おろおろと言葉を重ねていたトレンスキーが不意にはっと口を閉ざす。すぐに考え込むような険しい表情で視線を床に落とした。
「……責任。責任、か……」
 そう呟いたトレンスキーの眉根には、苦悩するように深いしわが刻まれていた。

 長い沈黙の後、トレンスキーはゆっくりと椅子を立った。
 寝台に座るアンティの前まで来たトレンスキーが両膝を床について視線を合わせる。アンティの顔をのぞき込んだ表情は何かを決心したように固くこわばっていた。
「アンティ。今までの話は、その、理解できておるじゃろうか?」
 アンティは困ったように首を振った。
「……その、あまり」
「お主のいたであろう場所はな、招来獣(しょうらいじゅう)によって壊滅していた。もしも記憶を思い出したとしても、お主には帰る場所がなくなってしまったかもしれんということじゃ」
 アンティがトレンスキーを見つめる。
 金色の目に浮かんでいるのは悲しみではなく困惑だった。途方に暮れているといった方が正しいかもしれなかった。

「それで、お主の今後なのじゃがな……」
 トレンスキーは一瞬迷うように言葉をつまらせたが、深く息を吸ってアンティに言った。
「ワシの弟子(でし)にならんか、アンティ?」
 アンティの目がきょとんと見開かれる。その唇が不思議そうにトレンスキーの言葉を繰り返した。
「弟子……?」
「ワシらは今、招来獣を”還す”旅をしている。自分で言うのもなんじゃが危険が多い旅じゃ。無関係のお主を連れてゆくのは正直気が引ける。じゃがお主がワシの弟子ならば話は別じゃ」

 トレンスキーは薄青色の瞳をまっすぐにアンティに向ける。
「弟子ならば、お主はワシらと共に来る必要が生まれる。ワシはお主を守り育てる責任が生じる。……今は、それ以外の案が思い浮かばなくてのう」
 トレンスキーは少しためらった後で、そっとアンティの右手に触れた。
 つい先ほどナイフを握っていたとは思えない、小さな子どもの手。それを自分の両手で包みこみながらトレンスキーはゆっくりと言葉を紡いでゆく。
「お主が今までどんな暮らしをしていたのかは知らぬが。何も覚えておらぬのならばそれで良い。ワシらと共に新しいことを学んでゆかないか。アンティ・アレットとして。……四精術師(しせいじゅつし)の、弟子として」

 アンティは握られた手を不思議そうな面持ちで眺めていた。視線を上げると、どこか泣き笑いにも似た表情のトレンスキーと目が合う。
「アンティ、ワシのことをどうか、師匠(ししょう)と思ってついてきてはくれないか?」
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登場人物紹介

名前 : トレンスキー・エル・デア・ルートポート

誕生日: 10月8日

誕生花: 金木犀(花言葉は謙遜、真実、陶酔)

好物 : 酒類、特に赤ワイン


 クーウェルコルトの若き女四精術師。クウェン公用語で話す時は老人口調。亡き師匠の遺品である四精術増幅装置の片割れと、表世界と裏世界をつなぐ帰還の詠を用いて招来獣を還す旅をしている。


~作者一言~

 お人好しで空回りばかりするドジっ子。なのに個性的な口調と職業のせいで、何となく格好良い人だと周囲に勘違いされているお得な主人公ですね。

名前 :アンティ・アレット

誕生日:2月23日

誕生花:ポピー(花言葉は忘却、想像力、恋の予感)

好物 :干した苺


 フィリエル領アレットで出会った記憶喪失の子ども。無垢で幼げな印象だが招来獣に相対すると攻撃的になる。身体能力が高く短剣を操るのが得意。


~作者一言~

 発展途上、可能性のかたまり。この子が自分の言葉で話して自分だけのトフカ語を操るようになった時、きっと物語は大きな転換期を迎えるような気がします。

名前 :ハヴィク・ラウエル・イル・メルイーシャ

誕生日:7月2日

誕生花:クレマチス(花言葉は精神の美、旅人の喜び、策略)

好物 :アップルパイ


 招来術の天才といわれたクウェンの招来術師シウル・フィーリス・イル・メルイーシャが創った招来獣。精巧な人型を含む七つの形態変化とクウェン語を介する能力を持つ。


~作者一言~

 パーティには語尾が個性的な子や動物系マスコットキャラクターがいた方が良いと言われてできたキャラクター。ボケとツッコミの境界にいる印象が強いです。

名前 :ゲルディーク・イアン・リレッダ

誕生日:9月18日

誕生花:アザミ(花言葉は独立、報復、人間嫌い)

好物 :ハーブティー


 カルア・マグダから来た隻眼の四精術師。カルマの学術機関を逃亡してクウェンに至った。学舎制度の下で育った四精術師を軽蔑し、招来術師や招来獣を強く嫌っている。


~作者一言~

 お花さん好き、声フェチ、被虐趣味、外見からくる劣等感と、四人の中で一番癖のあるキャラ。彼の命がけの復讐はこれから達成されるのでしょうか?

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