第23話

文字数 1,734文字

 ゲルディークとトレンスキーが結界の痕跡を調べる間、アンティとラウエルは少し離れた位置でその様子を眺めていた。

「あれとは、旅をしているうちに偶然出会ったのだ。以来、時おりこうしてあれに会いにやって来るようになったのだ」
 野の中に座り込み、リオからもらったアップルパイを無表情に頬張りながらラウエルは言った。
 はじめのあれがゲルディークを指し、次のあれがトレンスキーのことを言っているのだと、アンティは少し時間を置いてから理解する。ラウエルとの会話はたまにひどく内容が伝わりにくかった。
「生まれた国は異なるが、同じ四精術師(しせいじゅつし)ということで色々と通じるところがあるのだろう。顔を合わせればいつも、ああやって大騒ぎしているのだ」

 ラウエルの隣で半分もらったアップルパイをかじりながら、アンティはちらりとゲルディークの方をうかがった。
「……あの人は、ラウエルさんのことが嫌いなのですか?」
「私がというより、あれは招来獣(しょうらいじゅう)という存在そのものが嫌いなのだ」
 アンティは大きく目を見開いた。
 ラウエルは若草色の瞳をアンティに向けると、声を抑えて言った。
「君の半分が招来獣であることは、あれが気づくまでは隠しておいた方が良い。それから、めったにないとは思うのだが、あれが血を流した時は絶対に側に寄ってはいけないのだ」
「どうしてですか?」
「危険だからなのだ」
 ラウエルは簡潔に言って顔を上げる。見ればトレンスキーが大きく手を振って二人を呼んでいた。
「それらしき場所を見つけたようじゃ。これから移動する」
「心得たのだ」
 ラウエルが立ち上がると、アンティもすぐにその背中を追った。

 獣道をしばらく進んだ後、ゲルディークが示したのは道を少し逸れた先にある岩壁だった。
「ここだな」
「たしかに、ここだけ妙に違和感があるのう。周りの草も……」
 トレンスキーは周辺の地面を見渡す。
 辺りにはアンティの膝を隠す高さの雑草が生い茂る中、岩壁の前だけはむき出しの踏み固められた地面が広がっている。
「おそらく、ここには元々横穴でもあったのじゃろう。それを術で埋めて、気配を隠す結界を張ったのかもしれぬ」
「ってことは、招来獣は倒せなかったってことか」

 トレンスキーの言葉を聞いたゲルディークが嘲笑(ちょうしょう)混じりの吐息をこぼした。
「その失態をここに隠して逃げ帰ったと。本当に無責任だよなあ、招来術師(しょうらいじゅつし)の連中は」
「止めよ、ゲルディーク」
 棘のある物言いにトレンスキーが眉をひそめる。
「それは偏見じゃ。お主の言うような術師が全てではない」
「へぇ?」

 ゲルディークは笑みを浮かべたままトレンスキーを見下ろした。
「逆にお前は、どうしてそう奴らを庇えるのかねえ?」
「どうして、といわれても……」
「自らの手を汚す覚悟もなく生きてきた連中がその(とが)を責められ、その手で創り出した招来獣(ばけもの)と対峙して自滅する。自業自得、いい気味じゃないか」
招来術師(かれら)とて苦悩はあろう。その過ちを挽回しようとこの五年、努力してきたのじゃ」
「努力どうこうで解決できる問題かよ、アーフェンレイトの大災禍(だいさいか)が?」
「それを今さら蒸し返しても仕方なかろう」
 トレンスキーはもどかしそうに言葉を()いだ。
「起こってしまったことは変えられぬ、ならば見るべきは未来(さき)じゃ。過去の過ちを未来永劫(みらいえいごう)責められ続けるのは、さすがに無情過ぎると思わんか?」
「だから過去を不問にしろと? 招来術師(やつら)の現状を憐れんでやれと?」

 笑みを消したゲルディークがトレンスキーに向き直った。鳶色(とびいろ)の左目が薄青色の瞳を捉えて問いかける。
「……お前はさ、それを招来獣に殺された人間やその身内に対しても真っ直ぐに言えるのか?」

 トレンスキーはぐっと言葉につまる。その表情を見たゲルディークは呆れたように鼻を鳴らした。
「お前だって分かってるじゃないか。同情すべきは奴らじゃない。奴らが創った招来獣に手足を食いちぎられた被害者の方だって」
「それは、しかし……っ!」
「それくらいにしておくのだ」

 ラウエルが淡々とした声で間に入った。側で聞いていたアンティは戸惑った表情で二人の顔を見上げている。
「今は言い争っている場合ではない、すべきことを果たすのだ」
 若草色の瞳に見つめられ、ゲルディークとトレンスキーは無言のまま視線を逸らした。
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登場人物紹介

名前 : トレンスキー・エル・デア・ルートポート

誕生日: 10月8日

誕生花: 金木犀(花言葉は謙遜、真実、陶酔)

好物 : 酒類、特に赤ワイン


 クーウェルコルトの若き女四精術師。クウェン公用語で話す時は老人口調。亡き師匠の遺品である四精術増幅装置の片割れと、表世界と裏世界をつなぐ帰還の詠を用いて招来獣を還す旅をしている。


~作者一言~

 お人好しで空回りばかりするドジっ子。なのに個性的な口調と職業のせいで、何となく格好良い人だと周囲に勘違いされているお得な主人公ですね。

名前 :アンティ・アレット

誕生日:2月23日

誕生花:ポピー(花言葉は忘却、想像力、恋の予感)

好物 :干した苺


 フィリエル領アレットで出会った記憶喪失の子ども。無垢で幼げな印象だが招来獣に相対すると攻撃的になる。身体能力が高く短剣を操るのが得意。


~作者一言~

 発展途上、可能性のかたまり。この子が自分の言葉で話して自分だけのトフカ語を操るようになった時、きっと物語は大きな転換期を迎えるような気がします。

名前 :ハヴィク・ラウエル・イル・メルイーシャ

誕生日:7月2日

誕生花:クレマチス(花言葉は精神の美、旅人の喜び、策略)

好物 :アップルパイ


 招来術の天才といわれたクウェンの招来術師シウル・フィーリス・イル・メルイーシャが創った招来獣。精巧な人型を含む七つの形態変化とクウェン語を介する能力を持つ。


~作者一言~

 パーティには語尾が個性的な子や動物系マスコットキャラクターがいた方が良いと言われてできたキャラクター。ボケとツッコミの境界にいる印象が強いです。

名前 :ゲルディーク・イアン・リレッダ

誕生日:9月18日

誕生花:アザミ(花言葉は独立、報復、人間嫌い)

好物 :ハーブティー


 カルア・マグダから来た隻眼の四精術師。カルマの学術機関を逃亡してクウェンに至った。学舎制度の下で育った四精術師を軽蔑し、招来術師や招来獣を強く嫌っている。


~作者一言~

 お花さん好き、声フェチ、被虐趣味、外見からくる劣等感と、四人の中で一番癖のあるキャラ。彼の命がけの復讐はこれから達成されるのでしょうか?

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