間話3

文字数 923文字

 エミリオはすぐに旅行鞄からクーウェルコルト全十四領が描かれた地図を取り出した。鉛筆の蓋を外して削り具合を確かめながら、鼻歌でも歌いそうな声で問いかける。
「次はどこです? クルディア領? アルニア領? それともルートポート領ですか?」
「エトラ領です」
 エミリオは拍子抜けした顔をトビアに向けた。
「ずいぶんと近場じゃないですか」
「あなたには当面の間、トーヴァ連峰付近にいてもらいたいのです」
 トビアは椅子を立ってソファへと近づいた。
 エミリオの側まで来ると、低く簡潔な言葉で伝える。

「”白のサリエート”の居場所が分かりましたので」

「……ああ、なるほど」
 一拍おいて、エミリオが感慨深く頷いた。
「たしかにそれは大事(おおごと)ですね。……そっか、見つかったんですか」
 エミリオの手が近くに来た黒猫へと伸びる。
 二度ゆっくりとその毛並みを撫でた後で、エミリオは穏やかな笑みを浮かべてトビアを見上げた。
「やっと来ましたね、俺たちが汚名を返上する機会が」

 顔色一つ変えないエミリオを見てトビアは小さく息を吐いた。
「安心しました。あなたにまで自棄(やけ)になられてはさすがに面倒でしたので」
 その言葉を聞いたエミリオがああと納得の顔をした。
「だから今日は皆さん妙に暗い顔をされてたんですね」
「ですが、今はまだ我々も時期を図っている途中です」
 トビアはエミリオの広げた地図に視線を移す。その一点を指差して言った。
「あなたにはまず、エトラ領ヒースに向かってもらいます」

 そこはトーヴァ連峰最南のふもと。フィリエル領、メルイーシャ領とも近接する山あいの小さな村だった。
「数日前から、先に向かった術師と連絡が取れなくなっています。彼の安否を確かめ、手遅れのようならあなたが代わりに仕事をこなしてください」
「了解しました」

 エミリオは鉛筆で印を入れると地図を鞄にしまって立ち上がった。
 黒猫と共に執務室を立ち去ろうとする背中にトビアが声をかける。

「道中、また救世主の噂を聞いたら……」
「そちらの件も別に報告書を用意しますね」
 振り返ったエミリオは、その顔にほんの少しの茶目っ気を混ぜて首をかしげた。
「できれば司祭様たちより先に接触して、可能であれば対処をしたい。……ですよね、トビア様?」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

名前 : トレンスキー・エル・デア・ルートポート

誕生日: 10月8日

誕生花: 金木犀(花言葉は謙遜、真実、陶酔)

好物 : 酒類、特に赤ワイン


 クーウェルコルトの若き女四精術師。クウェン公用語で話す時は老人口調。亡き師匠の遺品である四精術増幅装置の片割れと、表世界と裏世界をつなぐ帰還の詠を用いて招来獣を還す旅をしている。


~作者一言~

 お人好しで空回りばかりするドジっ子。なのに個性的な口調と職業のせいで、何となく格好良い人だと周囲に勘違いされているお得な主人公ですね。

名前 :アンティ・アレット

誕生日:2月23日

誕生花:ポピー(花言葉は忘却、想像力、恋の予感)

好物 :干した苺


 フィリエル領アレットで出会った記憶喪失の子ども。無垢で幼げな印象だが招来獣に相対すると攻撃的になる。身体能力が高く短剣を操るのが得意。


~作者一言~

 発展途上、可能性のかたまり。この子が自分の言葉で話して自分だけのトフカ語を操るようになった時、きっと物語は大きな転換期を迎えるような気がします。

名前 :ハヴィク・ラウエル・イル・メルイーシャ

誕生日:7月2日

誕生花:クレマチス(花言葉は精神の美、旅人の喜び、策略)

好物 :アップルパイ


 招来術の天才といわれたクウェンの招来術師シウル・フィーリス・イル・メルイーシャが創った招来獣。精巧な人型を含む七つの形態変化とクウェン語を介する能力を持つ。


~作者一言~

 パーティには語尾が個性的な子や動物系マスコットキャラクターがいた方が良いと言われてできたキャラクター。ボケとツッコミの境界にいる印象が強いです。

名前 :ゲルディーク・イアン・リレッダ

誕生日:9月18日

誕生花:アザミ(花言葉は独立、報復、人間嫌い)

好物 :ハーブティー


 カルア・マグダから来た隻眼の四精術師。カルマの学術機関を逃亡してクウェンに至った。学舎制度の下で育った四精術師を軽蔑し、招来術師や招来獣を強く嫌っている。


~作者一言~

 お花さん好き、声フェチ、被虐趣味、外見からくる劣等感と、四人の中で一番癖のあるキャラ。彼の命がけの復讐はこれから達成されるのでしょうか?

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み