第36話
文字数 1,546文字
薄く扉を開き廊下に立つ人物を確かめると、
「……よう。すっかりいつも通りだな」
廊下には深紅の術師装束を身につけたトレンスキーが立っていた。アンティとラウエルの姿はない。揺れる横髪を軽く耳にかけると、トレンスキーは静かな面持ちでゲルディークを見上げた。
「それじゃ、とりあえず入って座れよ」
「失礼する」
短く言ってトレンスキーは部屋に足を踏み入れた。
部屋は寝台と卓が置かれただけの簡素なものだった。少ない荷物は見苦しくないようまとめて部屋の隅に置かれている。窓とカーテンはぴたりと閉め切られていたが、暑すぎることのない室温は直前までしっかりと換気されていたことがうかがえた。
人前では傍若無人に振る舞っているが、そういうところは意外と気を配ってくる。そんなことを思いながらトレンスキーは背の高い
ゲルディークはトレンスキーに背を向けたまま、閉めたばかりの扉に向かって低く何かを呟き続けている。
「お主、何をしておるのじゃ?」
「結界。少しだけ厳重なやつをかけとこうと思ってね」
「……本当に、用心深い男じゃのう」
呆れた様子のトレンスキーに振り返ったゲルディークは小さく笑う。
「用心に越したことはないだろ、特に……」
唇にそっと人差し指を立てながらゲルディークは言った。
「……これからの話は、他には聞かせたくないからさ」
その言葉はクウェン公用語ではなかった。
カルア・マグダで用いられるエマンダ語、その中でも首都標準語といわれる言葉だった。
トレンスキーは眉間にわずかなしわを寄せると、ため息と共に答えた。
「
その言葉はゲルディークに合わせた
ゲルディークはくつくつと笑いながら卓へと近づいた。
「お前さ、クウェン語だと謎の老人口調なのに
「面白がられても困る。私は師から学んだ言葉を使っているに過ぎないぞ」
トレンスキーはそう言って唇をとがらせる。使う言葉に似つかわしくない子どものような表情である。
卓をはさんだ向かいの椅子に座ると、ゲルディークはトレンスキーに目を向けて言った。
「それじゃ、半月待ったがようやく本題に入らせてもらおうか」
「怪我が治るまで話そうとしなかったのは貴殿の方だが?」
「手負いの向こう見ずに話せるような話題じゃなかったんでね」
トレンスキーはその言葉に眉を寄せたが、すぐに無言で装束のポケットを探った。二つの包みと、親指の先ほどの青い結晶を取り出して卓の上に置く。
「
ゲルディークが手を伸ばした。
青布の包みを真っ先に手に取ると、紐をゆるめてその中身をあらためる。丁寧に
見ていたトレンスキーが顔をしかめる。ゲルディークは気にすることなくそれを
「……これ、この間のオオカミグマを”還した”時のやつだな」
燭台の灯に結晶をかざせば、