間話2

文字数 1,481文字

 頷いたエミリオは、ふと執務机の端に置かれた書き損じの紙に目を向けた。トビアが直前までしたためていたものだ。
「相変わらず清書のお手本のような字を書かれますね、トビア様は」
 夏の空色のような濃い青の瞳が紙面に連なる文字を眺める。エミリオは小さく笑って机を離れると、来客用のソファに腰かけた。
「そんなに綺麗な字で書かれたものが、フェーダの司祭様に宛てたご機嫌うかがいのお手紙なんて。なんだかもったいないですね」
「それは嫌味ですか、エミリオ?」

 報告書に目を落としたまま淡々とトビアは言う。
 対するエミリオも朗らかに答えた。
「とんでもない、むしろ感謝してるんですよ。俺たちが今でも招来術師(しょうらいじゅつし)をやっていけるのは、トビア様たちがそうやってお偉方に愛想を振りまいてくださってるおかげですから」
「感謝とはまたおかしなことを。恨みの間違いでは?」
「他の方々はどうか知りませんけど。少なくとも俺は、トビア様やガロア様のおかげでやりたいことをやらせてもらってますから。……なあ、フィル?」
 エミリオは膝の上に乗ってきた黒猫を愛おしげに撫でる。左の耳に金色の飾りをつけた黒猫は、薄紫(はくし)の目を細めてごろごろと喉を鳴らした。

 トビアがちらりと報告書から目を上げる。呼び出された招来術師たちが揃って萎縮する執務室の中で呑気に愛猫とたわむれている青年を見ると、毒気を抜かれたように鼻を鳴らして言った。
「まあ、こちらとしても助かっていますが。あなたは他と比べると、かなり使いやすい人材ですから」
「使いやすい、ですか?」
「どんな所へ出向(しゅっこう)を命じても二つ返事で引き受けてくれますし。何よりちゃんと生きて帰ってきますから。……報告書はどうしようもなく雑ですけど」

 エミリオの報告書を机に置いたトビアは軽く息を吐いた。
「向かった先の反応はどうですか?」
「最近は石を投げられることも減りましたね。白い目で見られることに変わりはありませんが。世間話にもそれなりに応じてくれるようになりましたし」
 そこまで言ったエミリオが不意にソファから身を乗りだした。
「そうそう、聞いてくださいトビア様!」
 不意の大声に驚いた黒猫がエミリオの膝から降りてソファの端まで避難する。恨みがましい視線に気づくことなくエミリオは話を続ける。
「最近また出たらしいですよ、”救世主”が!」
「ああ、あの噂の……」
 トビアの眉がわずかに寄せられる。

「白き獣を連れた、赤き衣の救世主。招来獣(しょうらいじゅう)に苦しむ町に突如として現れては人々を守り立ち去ってゆく、でしたか」
 軽く握った右手をとんとんと額に押しつけてトビアは軽く目を細める。
「厄介なことをしてくれます。その人物、目的は一体何なのでしょう?」
「純粋に人助けがしたいのでは?」
「そんな聖人じみた理由で命を懸け続けられる人間がいると思います?」
 呆れたような視線を向けられたエミリオは静かな笑みをトビアに返した。
「何か裏があると考えているのですね、トビア様は。そして、俺たちの不利益になるのではないかと危惧(きぐ)している」

 トビアは答えない。
 エミリオの青い瞳がちらりと机の端に置かれた書簡(しょかん)へと向く。

「まあ、アーフェンレイトの一件で俺たち招来術師はずっと肩身が狭いですからね。その救世主らしき人物が聖教区側(クウェンティス)につけば、最悪この工房だって取り潰されかねない。トビア様の頑張りも全部無駄になってしまいます」
 淡々と、まるで他人事のようにエミリオは言う。
 トビアはほんの少しだけ苛立たしげな表情を浮かべたが、すぐにそれを抑えて言った。
「エミリオ、帰ったばかりで申し訳ないですが次の仕事をお願いします」
「はい、トビア様」
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登場人物紹介

名前 : トレンスキー・エル・デア・ルートポート

誕生日: 10月8日

誕生花: 金木犀(花言葉は謙遜、真実、陶酔)

好物 : 酒類、特に赤ワイン


 クーウェルコルトの若き女四精術師。クウェン公用語で話す時は老人口調。亡き師匠の遺品である四精術増幅装置の片割れと、表世界と裏世界をつなぐ帰還の詠を用いて招来獣を還す旅をしている。


~作者一言~

 お人好しで空回りばかりするドジっ子。なのに個性的な口調と職業のせいで、何となく格好良い人だと周囲に勘違いされているお得な主人公ですね。

名前 :アンティ・アレット

誕生日:2月23日

誕生花:ポピー(花言葉は忘却、想像力、恋の予感)

好物 :干した苺


 フィリエル領アレットで出会った記憶喪失の子ども。無垢で幼げな印象だが招来獣に相対すると攻撃的になる。身体能力が高く短剣を操るのが得意。


~作者一言~

 発展途上、可能性のかたまり。この子が自分の言葉で話して自分だけのトフカ語を操るようになった時、きっと物語は大きな転換期を迎えるような気がします。

名前 :ハヴィク・ラウエル・イル・メルイーシャ

誕生日:7月2日

誕生花:クレマチス(花言葉は精神の美、旅人の喜び、策略)

好物 :アップルパイ


 招来術の天才といわれたクウェンの招来術師シウル・フィーリス・イル・メルイーシャが創った招来獣。精巧な人型を含む七つの形態変化とクウェン語を介する能力を持つ。


~作者一言~

 パーティには語尾が個性的な子や動物系マスコットキャラクターがいた方が良いと言われてできたキャラクター。ボケとツッコミの境界にいる印象が強いです。

名前 :ゲルディーク・イアン・リレッダ

誕生日:9月18日

誕生花:アザミ(花言葉は独立、報復、人間嫌い)

好物 :ハーブティー


 カルア・マグダから来た隻眼の四精術師。カルマの学術機関を逃亡してクウェンに至った。学舎制度の下で育った四精術師を軽蔑し、招来術師や招来獣を強く嫌っている。


~作者一言~

 お花さん好き、声フェチ、被虐趣味、外見からくる劣等感と、四人の中で一番癖のあるキャラ。彼の命がけの復讐はこれから達成されるのでしょうか?

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