第12話

文字数 1,214文字

「……そんなことがあったのだ?」
 小屋へと戻ってきたラウエルはきょとんと若草色の目を瞬かせた。
 火精石(かせいせき)が照らす室内の中、トレンスキーは力なく椅子に座っていた。その手にはアンティから取り戻した旅用のナイフがある。

「一体どこでそんな剣技を覚えたのだ?」
 ラウエルの視線が寝台に座っているアンティに向く。アンティは困ったようにゆるゆると首を振った。
「分かりません」
 その様子は出会った時と変わらず静かで大人しい。アンティを横目で見たトレンスキーは浮かない表情で手の中のナイフに視線を落とした。
 それは、普段から旅の道具として使っていたものだ。
 丈夫で使い勝手は良いが殺生に使うためのものではない。もしも自分が本気で振るったところで野生の兎一匹だって仕留められないだろう。

 うつむいたトレンスキーの視界の端に、近づいてきたラウエルの姿が映る。
「……お主の言葉を疑っておったわけではないがのう」
 トレンスキーはため息まじりに言った。
「この目で見て納得した。非力な人間の子どもではないのじゃな」
 そこまで言ってトレンスキーは思い出したようにラウエルを見上げた。
「そうじゃ、お主の方は? アンティにまつわるものは何か見つかったか?」
「あったといえばそうなのだし、なかったといえばなかったのだ」
 謎かけのような言葉にトレンスキーが不可解そうな顔をする。ラウエルはアンティの様子をうかがうと抑えた声で告げた。
「上流には人の住んでいた形跡があったのだ。ただ、……生きている人間に出会うことはなかったのだ」
「それは……」

 ラウエルは千切れた組紐(くみひも)をトレンスキーに見せる。それはアンティの衣服に使われているものとよく似ていた。
亡骸(なきがら)には全て襲われた傷があった。招来獣(しょうらいじゅう)の可能性が高いのだ。おそらくは、……ここ一昼夜で起こった出来事なのだ」
 トレンスキーは息をのむと、顔を伏せて低くうなった。寝台の上で聞いていたアンティはきょとんとした表情でトレンスキーとラウエルの顔を見比べる。

「……参ったのう」
 アンティの事情を知るどころか、故郷と(おぼ)しき場所さえなくなってしまった。トレンスキーは難しそうな顔で額を押さえた。
「先ほどのことがあってはのう、迂闊(うかつ)に町にも預けられんぞ。何かあればリタたちまで危険に晒しかねん」
 途方に暮れたようにトレンスキーがため息を吐く。その様子を見やったラウエルがふと言った。
「だが、連れて行くことはできるようになったのだ」
「なんじゃと?」

 トレンスキーが顔を上げた。見上げたラウエルは普段通りの平坦な面持ちでアンティを眺めていた。
「君の旅に非力な子どもは危険だから。君がこれを預けようとしていた理由はそこなのだ。しかしこれは、単独で招来獣と渡り合える力があるのだ」
「まさか、連れて歩けとでもいうつもりか?」
「私には闘う力がない、そして君の闘い方はいつも危ういのだ。これが招来獣と安定して闘えるというなら、私は連れてゆけば良いと思うのだ」
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登場人物紹介

名前 : トレンスキー・エル・デア・ルートポート

誕生日: 10月8日

誕生花: 金木犀(花言葉は謙遜、真実、陶酔)

好物 : 酒類、特に赤ワイン


 クーウェルコルトの若き女四精術師。クウェン公用語で話す時は老人口調。亡き師匠の遺品である四精術増幅装置の片割れと、表世界と裏世界をつなぐ帰還の詠を用いて招来獣を還す旅をしている。


~作者一言~

 お人好しで空回りばかりするドジっ子。なのに個性的な口調と職業のせいで、何となく格好良い人だと周囲に勘違いされているお得な主人公ですね。

名前 :アンティ・アレット

誕生日:2月23日

誕生花:ポピー(花言葉は忘却、想像力、恋の予感)

好物 :干した苺


 フィリエル領アレットで出会った記憶喪失の子ども。無垢で幼げな印象だが招来獣に相対すると攻撃的になる。身体能力が高く短剣を操るのが得意。


~作者一言~

 発展途上、可能性のかたまり。この子が自分の言葉で話して自分だけのトフカ語を操るようになった時、きっと物語は大きな転換期を迎えるような気がします。

名前 :ハヴィク・ラウエル・イル・メルイーシャ

誕生日:7月2日

誕生花:クレマチス(花言葉は精神の美、旅人の喜び、策略)

好物 :アップルパイ


 招来術の天才といわれたクウェンの招来術師シウル・フィーリス・イル・メルイーシャが創った招来獣。精巧な人型を含む七つの形態変化とクウェン語を介する能力を持つ。


~作者一言~

 パーティには語尾が個性的な子や動物系マスコットキャラクターがいた方が良いと言われてできたキャラクター。ボケとツッコミの境界にいる印象が強いです。

名前 :ゲルディーク・イアン・リレッダ

誕生日:9月18日

誕生花:アザミ(花言葉は独立、報復、人間嫌い)

好物 :ハーブティー


 カルア・マグダから来た隻眼の四精術師。カルマの学術機関を逃亡してクウェンに至った。学舎制度の下で育った四精術師を軽蔑し、招来術師や招来獣を強く嫌っている。


~作者一言~

 お花さん好き、声フェチ、被虐趣味、外見からくる劣等感と、四人の中で一番癖のあるキャラ。彼の命がけの復讐はこれから達成されるのでしょうか?

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