第6話

文字数 1,181文字

 幸いここ数日は雨も降っておらず、日の下にあった枝はよく乾いていた。女がそれらを拾い集めて川へと戻るのにそう時間はかからなかった。
 女が戻った時、ラウエルは火の側へと移動していた。荷物や篭手も近くへ運ばれ、子どもが着ていた服は岩場に広げて乾かされていた。

 子どもはラウエルの数少ない私物である薄手の外套(がいとう)に包まれ、抱きかかえられたまま瞳を閉ざしている。
「様子はどうじゃ、ラウエル?」
「……まだ、目を覚まさないのだ」
「そうか」
 女はラウエルの隣に腰を下ろすと、拾ってきた枝を手早く敷きつめた。火はすぐに枝へと移り、ようやく焚き火らしい音を鳴らして燃え始める。

 一息ついた女はラウエルを見やってふと首をかしげた。
「何かあったか、ラウエル?」

 ラウエルから答えが返ってくるまでには少しの間があった。
「……何故、そんなことを聞くのだ?」
「いや、普段とは様子が違うような気がしてのう」
「君も、ごくまれに鋭いことがあるものなのだ」
「褒めとらんじゃろ、それ。お主、ワシが戻ってきてから一度もこちらの顔を見ておらんし」

 その言葉に、ラウエルがゆっくりと顔を上げた。
 女は軽く目を見張る。
 どんな時でも我関せずといった無表情を浮かべている男の顔に、わずかだが困惑と動揺の色が浮かんでいたのだ。
「この、子どもなのだが……」
「この子がどうかしたのか?」
「引きあげた時から妙な気配だと思っていたのだが。その、……私も初めて見るものなので、困惑しているのだ」

 ラウエルの言葉は曖昧(あいまい)で歯切れが悪い。
「その子が一体何なのじゃ、何かあったのか?」
 尋ねる声が近かったのか、ラウエルの腕に抱かれた子どもがきゅっと眉根を寄せた。意識が戻りかけているようだった。
 ラウエルは小さく息を吐くと女に告げた。

「……これは、招来獣(しょうらいじゅう)、だと思われるのだ」

 女がぽかんと口を開けた。
「な、なんじゃとぉ……?」
「そう、なのだ。なのだが……」
 ラウエルが腕の中にいる子どもを見下ろす。
 乾いた布にくるまれて日向と火に当たり、その顔色はだいぶ血色を取り戻していた。

 女が子どもの頬にそっと手を当てた。
「ん……」
 触れた肌は温かく、ラウエルにはない緩やかな鼓動の響きも感じられる。信じられないといった顔をする女に、ラウエルは難しそうな表情で頷く。
「これには、核がないのだ」
四精石(しせいせき)で動いてはおらぬということじゃな。では人間じゃろう?」
「しかし招来獣の気配がするのだ。これの体に巡っているのは君と同じく赤い血で、半分は招来獣なのだが、残りの半分は人間のようなのだ」
「ど、どういうことじゃ?」

 頭上で交わされる会話に、子どもが小さくうなった。
「この子どもは、人間と招来獣の、……混血だと思われるのだ」
 ラウエルが言いにくそうに告げると同時に、子どもがぱちりと目を開いた。

 子どもの両目は、野生の獣にも似た鮮やかな金色をしていた。
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登場人物紹介

名前 : トレンスキー・エル・デア・ルートポート

誕生日: 10月8日

誕生花: 金木犀(花言葉は謙遜、真実、陶酔)

好物 : 酒類、特に赤ワイン


 クーウェルコルトの若き女四精術師。クウェン公用語で話す時は老人口調。亡き師匠の遺品である四精術増幅装置の片割れと、表世界と裏世界をつなぐ帰還の詠を用いて招来獣を還す旅をしている。


~作者一言~

 お人好しで空回りばかりするドジっ子。なのに個性的な口調と職業のせいで、何となく格好良い人だと周囲に勘違いされているお得な主人公ですね。

名前 :アンティ・アレット

誕生日:2月23日

誕生花:ポピー(花言葉は忘却、想像力、恋の予感)

好物 :干した苺


 フィリエル領アレットで出会った記憶喪失の子ども。無垢で幼げな印象だが招来獣に相対すると攻撃的になる。身体能力が高く短剣を操るのが得意。


~作者一言~

 発展途上、可能性のかたまり。この子が自分の言葉で話して自分だけのトフカ語を操るようになった時、きっと物語は大きな転換期を迎えるような気がします。

名前 :ハヴィク・ラウエル・イル・メルイーシャ

誕生日:7月2日

誕生花:クレマチス(花言葉は精神の美、旅人の喜び、策略)

好物 :アップルパイ


 招来術の天才といわれたクウェンの招来術師シウル・フィーリス・イル・メルイーシャが創った招来獣。精巧な人型を含む七つの形態変化とクウェン語を介する能力を持つ。


~作者一言~

 パーティには語尾が個性的な子や動物系マスコットキャラクターがいた方が良いと言われてできたキャラクター。ボケとツッコミの境界にいる印象が強いです。

名前 :ゲルディーク・イアン・リレッダ

誕生日:9月18日

誕生花:アザミ(花言葉は独立、報復、人間嫌い)

好物 :ハーブティー


 カルア・マグダから来た隻眼の四精術師。カルマの学術機関を逃亡してクウェンに至った。学舎制度の下で育った四精術師を軽蔑し、招来術師や招来獣を強く嫌っている。


~作者一言~

 お花さん好き、声フェチ、被虐趣味、外見からくる劣等感と、四人の中で一番癖のあるキャラ。彼の命がけの復讐はこれから達成されるのでしょうか?

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