第7話

文字数 1,120文字

「……招来獣(しょうらいじゅう)と人間の混血なんて、そんなの前代未聞じゃぞ?」

 革の鞍を抱えて山道を歩く女は途方に暮れたように言った。
「しかも当の本人は何も覚えとらんときたし。一体、どうしたら良いのかのう……?」
 何度目かのため息を吐くと、女がそろりと後ろを振り返る。そこには荷物を背負ったラウエルと、その腕に抱えられた黒髪の子どもの姿があった。

 川辺で子どもが目を覚ました後、女はいくつかの質問を投げかけた。
 名前は何というのか。
 どんなところで暮らしていたのか。
 誰と一緒にいたのか。
 そのどれにも、子どもは困ったような顔で分かりませんと繰り返すばかりだった。
 そうこうしていても仕方がないということで、二人はとりあえず子どもを連れて道すがらにあった小屋まで戻ることにしたのだった。

「……しかし、名前さえ分からんというのはさすがに不便じゃのう」
 子どもは不思議そうに女のことを見つめている。金色の瞳は純粋な眼差しで、どこか眠っていた時よりも幼げな印象にも見えた。
 戸惑いながらも、女は子どもと目を合わせて明るい口調で言った。
「よし、お主が自分の名を思い出すまで仮でも名前をつけておこう。な、良いじゃろうか?」
 子どもはきょとんとすると、やがて小さく頷いた。意思疎通が取れたことに女はほっとした顔で笑う。

「ではお主、何か呼ばれたい名はあるか?」
「……分かりません」
「そうか。ならワシが考えても良いじゃろうか?」
「はい」
「それでは、ええと。……何が良いかのう?」
 女は少しのあいだ考えるように目を閉じると、やがてぽんと手を打った。

「では、アンティ」
 女は満面の笑みで子どもに言った。
「アンティ・ヌフトブ・ドルドーロフ・ディアン・アレットでどうじゃ。な、格好良くて良い名前じゃろう?」

 子どもはぽかんとした顔で女を眺め、それから自分を抱えるラウエルを見上げた。
 ラウエルが軽く息を吐いて女に言う。
「……君は時おり、驚くほどに阿呆(あほう)になるのだ」
「な、なんでじゃ、ラウエル!?」
 女は心外そうにラウエルに食ってかかる。
「めちゃくちゃ格好良い名前ではないか、何が不満じゃ!?」

 ラウエルは子どもを庇うように身をひねると、頭一つ分ほど下にある女の顔を呆れたように見下ろした。
「これは困っているのだ。仮であろうと、贈られた者が困惑するような名は止めるべきなのだ」
「う、うぬぅ……?」
「出会ったばかりの子どもを困らせることは、君の本意でもないのだ?」
 女は言い含めるようなラウエルの言葉に戸惑った表情を浮かべる。その視線を子どもへと移すと、おろおろと声をかけた。
「……その、良い名前じゃと思ったのじゃが駄目か? 嫌ならば改善するので、どのへんが駄目だったかを聞いてもよいか?」
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登場人物紹介

名前 : トレンスキー・エル・デア・ルートポート

誕生日: 10月8日

誕生花: 金木犀(花言葉は謙遜、真実、陶酔)

好物 : 酒類、特に赤ワイン


 クーウェルコルトの若き女四精術師。クウェン公用語で話す時は老人口調。亡き師匠の遺品である四精術増幅装置の片割れと、表世界と裏世界をつなぐ帰還の詠を用いて招来獣を還す旅をしている。


~作者一言~

 お人好しで空回りばかりするドジっ子。なのに個性的な口調と職業のせいで、何となく格好良い人だと周囲に勘違いされているお得な主人公ですね。

名前 :アンティ・アレット

誕生日:2月23日

誕生花:ポピー(花言葉は忘却、想像力、恋の予感)

好物 :干した苺


 フィリエル領アレットで出会った記憶喪失の子ども。無垢で幼げな印象だが招来獣に相対すると攻撃的になる。身体能力が高く短剣を操るのが得意。


~作者一言~

 発展途上、可能性のかたまり。この子が自分の言葉で話して自分だけのトフカ語を操るようになった時、きっと物語は大きな転換期を迎えるような気がします。

名前 :ハヴィク・ラウエル・イル・メルイーシャ

誕生日:7月2日

誕生花:クレマチス(花言葉は精神の美、旅人の喜び、策略)

好物 :アップルパイ


 招来術の天才といわれたクウェンの招来術師シウル・フィーリス・イル・メルイーシャが創った招来獣。精巧な人型を含む七つの形態変化とクウェン語を介する能力を持つ。


~作者一言~

 パーティには語尾が個性的な子や動物系マスコットキャラクターがいた方が良いと言われてできたキャラクター。ボケとツッコミの境界にいる印象が強いです。

名前 :ゲルディーク・イアン・リレッダ

誕生日:9月18日

誕生花:アザミ(花言葉は独立、報復、人間嫌い)

好物 :ハーブティー


 カルア・マグダから来た隻眼の四精術師。カルマの学術機関を逃亡してクウェンに至った。学舎制度の下で育った四精術師を軽蔑し、招来術師や招来獣を強く嫌っている。


~作者一言~

 お花さん好き、声フェチ、被虐趣味、外見からくる劣等感と、四人の中で一番癖のあるキャラ。彼の命がけの復讐はこれから達成されるのでしょうか?

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