第20話

文字数 1,067文字

 三人が来たのは緩やかに開けた野だった。
 前方にはかなり前から崩れていたと思われる岩肌がある。右手側に進んだ先の地面も風雨に深く削りとられており、左手には木々の合間に細い獣道が続いているのが見えた。

「ラウエル、どうじゃ?」
 しばらく目を閉じていたラウエルは、若草色の目を開くと首を横に振った。
招来獣(しょうらいじゅう)の気配は感じないのだ」
 トレンスキーはふむと首をかしげる。
 ラウエルの言うとおり、周囲からは軽やかな野鳥の声と初夏の(こずえ)が揺れる音しか聞こえない。
「アンティ、お主はラウエルの側におるのじゃぞ」
「はい」

 トレンスキーは右腕につけた篭手に触れると、慎重な歩幅で一人歩き出した。
 まず右手側の崖に寄る。
 足元の地面は大きく削られ、目を凝らしてのぞき込んでも下から生える木々の枝先が見えるだけである。人のいる痕跡はなかった。

 軽く息を吐いて振り返ったトレンスキーは、ふと地面の一点に目を留めた。
 反り立つ岩肌の片隅に一輪の花が咲いていた。
 季節外れの、深紅の彼岸花(ひがんばな)だ。
 乾いた地面にまっすぐ伸びる薄緑の茎と、その先に踊り狂うように咲く炎のように赤い花弁。それはまるで何かを訴えるかのように日陰の中で佇んでいた。
「これ、もしや……?」
 軽く眉を寄せていたトレンスキーがはっと目を開く。その瞬間、トレンスキーの両脇から二本の腕が伸びて彼女の体をからめ取った。
「……ぐ、っ!」

 少し離れた位置から様子を見ていたアンティは息をのんだ。
 誰もいなかったはずのトレンスキーの背後から急に男が現れたのだ。
 男の腕に抱きかかえられるように拘束されたトレンスキーを見てアンティが反射的にナイフを引き抜く。その肩に、隣にいたラウエルが軽く手を置いた。
「待つのだ」
「ですが、師匠(せんせい)が……」

 蛇に絡めとられた獲物のようにトレンスキーは身動きを取れずにいる。その耳元に、軽く鼻を鳴らす音が届いた。
「相変わらず危機感が足りねえなぁ。心配になるぜ、トレンティ?」
「……ゲルディーク!」
 背中越しに聞こえた男の声に、トレンスキーがきりりと眉をつり上げた。
「やはりお主じゃったか、一体何故ここにいる!?」

 トレンスキーの叫びを聞いたアンティは目を丸くする。ナイフを構えたまま隣に立つラウエルを見上げた。
「知り合い、なのですか?」
「あれは、カルア・マグダの四精術師(しせいじゅつし)なのだ」
 ラウエルの言葉を聞くと、握ったナイフの切っ先がわずかに下がった。
「カルア・マグダは敵国だと、さっき師匠(せんせい)が。なのに敵ではないのですか?」
「そのようなのだ」
 アンティは困惑した様子でトレンスキーへと視線をやった。
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登場人物紹介

名前 : トレンスキー・エル・デア・ルートポート

誕生日: 10月8日

誕生花: 金木犀(花言葉は謙遜、真実、陶酔)

好物 : 酒類、特に赤ワイン


 クーウェルコルトの若き女四精術師。クウェン公用語で話す時は老人口調。亡き師匠の遺品である四精術増幅装置の片割れと、表世界と裏世界をつなぐ帰還の詠を用いて招来獣を還す旅をしている。


~作者一言~

 お人好しで空回りばかりするドジっ子。なのに個性的な口調と職業のせいで、何となく格好良い人だと周囲に勘違いされているお得な主人公ですね。

名前 :アンティ・アレット

誕生日:2月23日

誕生花:ポピー(花言葉は忘却、想像力、恋の予感)

好物 :干した苺


 フィリエル領アレットで出会った記憶喪失の子ども。無垢で幼げな印象だが招来獣に相対すると攻撃的になる。身体能力が高く短剣を操るのが得意。


~作者一言~

 発展途上、可能性のかたまり。この子が自分の言葉で話して自分だけのトフカ語を操るようになった時、きっと物語は大きな転換期を迎えるような気がします。

名前 :ハヴィク・ラウエル・イル・メルイーシャ

誕生日:7月2日

誕生花:クレマチス(花言葉は精神の美、旅人の喜び、策略)

好物 :アップルパイ


 招来術の天才といわれたクウェンの招来術師シウル・フィーリス・イル・メルイーシャが創った招来獣。精巧な人型を含む七つの形態変化とクウェン語を介する能力を持つ。


~作者一言~

 パーティには語尾が個性的な子や動物系マスコットキャラクターがいた方が良いと言われてできたキャラクター。ボケとツッコミの境界にいる印象が強いです。

名前 :ゲルディーク・イアン・リレッダ

誕生日:9月18日

誕生花:アザミ(花言葉は独立、報復、人間嫌い)

好物 :ハーブティー


 カルア・マグダから来た隻眼の四精術師。カルマの学術機関を逃亡してクウェンに至った。学舎制度の下で育った四精術師を軽蔑し、招来術師や招来獣を強く嫌っている。


~作者一言~

 お花さん好き、声フェチ、被虐趣味、外見からくる劣等感と、四人の中で一番癖のあるキャラ。彼の命がけの復讐はこれから達成されるのでしょうか?

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