第41話

文字数 1,338文字

「アンティ」
 二人の様子に気づいたトレンスキーがすぐに側にやって来て言った。
「休んでる者にあまり話しかけては迷惑になろう。何か気になることがあるならワシが聞くぞ?」
師匠(せんせい)……」

 トレンスキーの言葉に、アンティはややためらった様子を見せる。それを感じ取ったゲルディークは小さく息を吐いた。
「トレンティ、ちょっといい?」
 懐を探ったゲルディークは一粒の種を取り出すと、それをアンティに向かって差し出した。
「子犬ちゃん、手ぇ出して」
「え?」
 アンティの左手に種を乗せると、ゲルディークはその上に水精石(すいせいせき)のかけらを落としながら小さく呟いた。

『……朝露(あさつゆ)()う、(まみ)えの僥倖(ぎょうこう)

「ゲルディーク……!」
 声を上げたトレンスキーに、ゲルディークはつまらなそうな顔で手を振ってみせる。
「平気だよ、これは(つた)(はな)じゃねえから」

 水滴に触れると、種はかすかな音を立てて種皮を破った。見る間に伸びた蕾から咲いたのは淡い光を放つ一輪の花だった。

 薄青色をしたその花はアンティにも見覚えがあった。アンティの手元をのぞき込んだトレンスキーがほうと感心したような声をこぼす。
蛍露草(ほたるつゆくさ)か、綺麗じゃのう」
師匠(せんせい)、この花、光っています」
 目を丸くするアンティにトレンスキーが頷いた。
「それがこの男の研究成果じゃよ。伸びる蔦、光る花、様々な植物を四精術(しせいじゅつ)で操作し、トフカ語と水などの簡単な要素を引き金にして発芽させるんじゃ」
「勝手に種明かしするなって。……じゃあ、次はお前の番」

 渋い顔をしたゲルディークが種をもう一粒取り出してアンティの右手に乗せた。鳶色(とびいろ)の視線を受けたトレンスキーはきょとんとする。
「ワシもやるのか? そうじゃのう……」
 首をひねりながらもトレンスキーはポケットを探る。澄んだ青色のかけらをアンティの右手に落とすと、軽く息を吸って唇を開いた。

『──(みどり)兄星(あにぼし)
 地上(ちじょう)見下(みお)ろし(なみだ)(こぼ)せば、
 (ほし)(はな)さやに()()き、
 その(かいな)()ばさん──』

 アンティの手の上に二本目の蛍露草が咲いた。

「……オットーの神話か、良い趣味してるな」
 目を閉じてトレンスキーのトフカ語を聞いていたゲルディークがそっと嘆息した。
「それに、何回聴いてもその声が良い。今度は十六世界譚(シシウス・メル)でも朗読してもらいたいもんだ」
お主の名(ゲルディーク)が出てくるからか。悪趣味な奴じゃのう」
 トレンスキーが心底嫌そうに言う。苦笑したゲルディークは左目を開くとアンティへ視線を向けた。

「分かったかい、子犬ちゃん?」
「ええと……」
 二本の花を見下ろしたアンティは戸惑った表情で首を横に振った。
「……よく分からないです」
「つまりさ、自分の望みを四精術で叶えようとするのが四精術師(しせいじゅつし)ってこと」
 ゲルディークが鼻を鳴らした。

「俺とトレンティのトフカ語、聞いてただろ。水で花を咲かせるっていう望みと結果は変わらない。ただそれを伝えるトフカ語の構築は術師によって各々(おのおの)異なる、……だろ?」
 ゲルディークの問いかけに、トレンスキーも合点がいったように頷いた。
「そうじゃな。術が発動したということは、ワシらのトフカ語はどちらも同様に思いが伝わったということじゃ」
「自分自身に合った、最大限に活かせるトフカ語を組み立てるのも四精術の探求の一つ。実際に何がしたいかっていう目標も術師ごとに違うんだよ」
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登場人物紹介

名前 : トレンスキー・エル・デア・ルートポート

誕生日: 10月8日

誕生花: 金木犀(花言葉は謙遜、真実、陶酔)

好物 : 酒類、特に赤ワイン


 クーウェルコルトの若き女四精術師。クウェン公用語で話す時は老人口調。亡き師匠の遺品である四精術増幅装置の片割れと、表世界と裏世界をつなぐ帰還の詠を用いて招来獣を還す旅をしている。


~作者一言~

 お人好しで空回りばかりするドジっ子。なのに個性的な口調と職業のせいで、何となく格好良い人だと周囲に勘違いされているお得な主人公ですね。

名前 :アンティ・アレット

誕生日:2月23日

誕生花:ポピー(花言葉は忘却、想像力、恋の予感)

好物 :干した苺


 フィリエル領アレットで出会った記憶喪失の子ども。無垢で幼げな印象だが招来獣に相対すると攻撃的になる。身体能力が高く短剣を操るのが得意。


~作者一言~

 発展途上、可能性のかたまり。この子が自分の言葉で話して自分だけのトフカ語を操るようになった時、きっと物語は大きな転換期を迎えるような気がします。

名前 :ハヴィク・ラウエル・イル・メルイーシャ

誕生日:7月2日

誕生花:クレマチス(花言葉は精神の美、旅人の喜び、策略)

好物 :アップルパイ


 招来術の天才といわれたクウェンの招来術師シウル・フィーリス・イル・メルイーシャが創った招来獣。精巧な人型を含む七つの形態変化とクウェン語を介する能力を持つ。


~作者一言~

 パーティには語尾が個性的な子や動物系マスコットキャラクターがいた方が良いと言われてできたキャラクター。ボケとツッコミの境界にいる印象が強いです。

名前 :ゲルディーク・イアン・リレッダ

誕生日:9月18日

誕生花:アザミ(花言葉は独立、報復、人間嫌い)

好物 :ハーブティー


 カルア・マグダから来た隻眼の四精術師。カルマの学術機関を逃亡してクウェンに至った。学舎制度の下で育った四精術師を軽蔑し、招来術師や招来獣を強く嫌っている。


~作者一言~

 お花さん好き、声フェチ、被虐趣味、外見からくる劣等感と、四人の中で一番癖のあるキャラ。彼の命がけの復讐はこれから達成されるのでしょうか?

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