第38話
文字数 1,679文字
二体の通称は”黒のグラスメア”、そして”白のサリエート”。
クーウェルコルトの
「もちろん
そこまで言ったゲルディークは卓に両肘をついて身を寄せた。
「……もしもクウェンとの戦が再開されれば。
囁いた言葉は冗談めかしてはいたが、その目は笑っていない。トレンスキーも険しい表情で地図を見下ろした。
「話はそれだけじゃない」
ゲルディークが地図上をなぞる。節くれだった指がクウェン北部から
「二か月前、残った”白のサリエート”の居場所が特定された」
「亡国、カルバラか……」
そこは、かつて豊富な水源と麗しい景観で名を馳せた国だった。しかしクウェンとカルマの戦争の際に中立の姿勢をとっていたため、アーフェンレイト後に起こった招来獣の襲撃にどちらの国からも救援を受けられなかった不遇の国だ。
「あの辺りは火事場泥棒を働いてるやつらが多い。その道中にサリエートと遭遇した一団がいたそうだ」
トレンスキーの目がぱちりと瞬く。
「”皆殺し”で有名なカーリーフの招来獣を相手に、よく生き残れたものだ」
「全員無事ってわけじゃなかったらしいがな。十数人といて、命からがら逃げのびたのは雑用を担っていた
「なるほど」
頷いたトレンスキーはふと
「それにしても。
ゲルディークはちらりと笑みを浮かべると、答える代わりに地図に目を落として言った。
「その後、サリエートはカルバラ内の湖に
「亡国カルバラ、クレスタリカのアーシャ湖か」
ゲルディークの示した湖はエトラ領の大針葉樹林を抜けた先、イルルカとも距離はそう遠くない位置にあった。
「それにしても、この季節に湖を凍らせるなど……」
トレンスキーは固い声で呟くと、想像した寒気にすくむようにむき出しの腕を抱えた。
「とりあえず、俺が持ってきた情報はこんなものかな」
ゲルディークはそれきり口を閉ざした。
じり、と
「……場所まで分かっているなら、行かぬわけにはゆかない」
唇を強く噛みしめて
「白のサリエートを”還す”」
「……まあ、そうなるよな」
深く息を吐いたゲルディークは皮肉げな笑みを浮かべた。
「お前がサリエートを”還す”ことに成功したら、休戦の大きな理由が消える。そしたら、クウェンとカルマは再び戦争を始めるのかね?」
「情報、感謝する」
トレンスキーはそれだけ言って椅子を立った。そのまま部屋を出てゆこうとする背中にゲルディークが声をかける。
「お前の弟子は? 連れて行くのか?」
その声音は妙に鋭かった。
「サリエートは”皆殺し”と冠された招来獣の片割れだ。そこらの招来獣とは違うだろ。オオカミグマの時はお前だったが、次はあの弟子が傷を負わないとも限らない。下手をすりゃ……」
振り返ることなくトレンスキーが扉を開いた。
薄氷を砕くような
暗く冷ややかな廊下へと出たトレンスキーの耳に、クウェン公用語へと戻したゲルディークの言葉が届いた。
「置いていくべきだと、俺は思うがね」