第8話

文字数 873文字

 子どもは金色の目を丸くすると小さく眉根をよせる。
「さっきの名前は、少し、長いので……」
 しばらくして、たどたどしい口調で女に答えた。
「もう少しだけ、短い名前がいいです」
「そ、そうかっ!」
 女はぱっと顔を上げた。

「では、……アンティ・アレット(―アレットのアンティ―)。これならどうじゃろうか?」
「アンティ・アレット」

 子どもは何度かその名前を口の中で唱えると、ゆっくりと頷いた。
「それなら、覚えられます。僕は、アンティ……」
「よし、ではそれで決まりじゃ。もし前の名前を思い出したらすぐに教えるのじゃぞ」
「はい」
 そう言って黒髪の子ども、──アンティはぎこちなく笑う。それを見た女もほっと安堵(あんど)の息を吐いた。

「そうじゃ、ワシらの名前もまだ教えておらんかったのう」
 女は歩きながらアンティに話しかけた。
「今、お主を抱えて歩いておる白い男がラウエルじゃ。不愛想に見えるが優しいやつじゃからな、安心して頼ってよいぞ」
「はい」
「で、ワシの名前はトレンスキーじゃ」
「……え?」

 アンティが女を見る。アンティを抱えて歩くラウエルは無言のままだ。
 しばらくの沈黙の後、女は軽く咳払いをして再び言った。
「トレンスキー・エル・デア・ルートポート。それがワシの名前じゃ」

 アンティはぽかんとした表情になる。女はやや()ねた面持ちで目を逸らした。
「……変な名前だと思ったじゃろう?」
「えっと、その……」
「別に、これは何も言っていないのだ」
 アンティの頭上からラウエルが助け舟を出した。ふてくされた様子の女の顔を見て小さく肩をすくめる。
「君の方こそ、そんなに気にするのならいっそ改名でもすればいいのだ」
「それはできぬ。……呼びにくければ好きに呼んでくれ」
 トレンスキーはそれだけ言うと大股に道を歩き出した。

 遠ざかる背中を無言で追いかけるラウエルは、胸元を引く子どもの手に気づいてやや歩調を緩めた。
「……僕のせいで、怒ってしまったんですか?」
「気にすることはないのだ」
 ラウエルは淡々と答えた。
「今のは単に、あれの気持ちの問題なのだ」
 アンティは不思議そうな顔をすると、前を歩く灰茶の外套(がいとう)を見つめた。
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登場人物紹介

名前 : トレンスキー・エル・デア・ルートポート

誕生日: 10月8日

誕生花: 金木犀(花言葉は謙遜、真実、陶酔)

好物 : 酒類、特に赤ワイン


 クーウェルコルトの若き女四精術師。クウェン公用語で話す時は老人口調。亡き師匠の遺品である四精術増幅装置の片割れと、表世界と裏世界をつなぐ帰還の詠を用いて招来獣を還す旅をしている。


~作者一言~

 お人好しで空回りばかりするドジっ子。なのに個性的な口調と職業のせいで、何となく格好良い人だと周囲に勘違いされているお得な主人公ですね。

名前 :アンティ・アレット

誕生日:2月23日

誕生花:ポピー(花言葉は忘却、想像力、恋の予感)

好物 :干した苺


 フィリエル領アレットで出会った記憶喪失の子ども。無垢で幼げな印象だが招来獣に相対すると攻撃的になる。身体能力が高く短剣を操るのが得意。


~作者一言~

 発展途上、可能性のかたまり。この子が自分の言葉で話して自分だけのトフカ語を操るようになった時、きっと物語は大きな転換期を迎えるような気がします。

名前 :ハヴィク・ラウエル・イル・メルイーシャ

誕生日:7月2日

誕生花:クレマチス(花言葉は精神の美、旅人の喜び、策略)

好物 :アップルパイ


 招来術の天才といわれたクウェンの招来術師シウル・フィーリス・イル・メルイーシャが創った招来獣。精巧な人型を含む七つの形態変化とクウェン語を介する能力を持つ。


~作者一言~

 パーティには語尾が個性的な子や動物系マスコットキャラクターがいた方が良いと言われてできたキャラクター。ボケとツッコミの境界にいる印象が強いです。

名前 :ゲルディーク・イアン・リレッダ

誕生日:9月18日

誕生花:アザミ(花言葉は独立、報復、人間嫌い)

好物 :ハーブティー


 カルア・マグダから来た隻眼の四精術師。カルマの学術機関を逃亡してクウェンに至った。学舎制度の下で育った四精術師を軽蔑し、招来術師や招来獣を強く嫌っている。


~作者一言~

 お花さん好き、声フェチ、被虐趣味、外見からくる劣等感と、四人の中で一番癖のあるキャラ。彼の命がけの復讐はこれから達成されるのでしょうか?

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