第40話

文字数 1,504文字

 カルバラへの道はイルルカの町からまっすぐ北へ伸びていた。
 風光明媚(ふうこうめいび)(うた)われたかつての国は、その入り口から訪れる者の心を奪う。それが今、トレンスキーたちの歩む針葉樹林の道だった。

 薄い木漏れ日の中、高く伸びた枝からは時おり思い出したかのように細かな葉が降りそそぐ。それは絨毯(じゅうたん)のように地面に敷きつめられ、踏みしめられるたびに甘く青い香りを辺りに振り撒いた。陽の差し方で木々の表情は千差に変わり、進む者の旅情を誘う光景と言われていた。

「アンティ、ここの葉は靴に入りやすいから気をつけるのじゃぞ」
「はい、師匠(せんせい)
「服や髪につけば取りにくいし。まったく、困りものじゃのう」
「だから金持ちはみんな馬車で抜けるんだろ。便利なお馬さんがいるんだし、お前も買ったらどうだ?」
「君がそうしたいなら、私は構わないのだ」
「ううむ、馬車か。馬車は買っても置き場に困るからのう」

 もっとも、その道でトレンスキーたちが交わす会話は旅情とはほど遠いものだったが。

 クーウェルコルトとの国境でもある針葉樹林帯を抜けるとカルバラの景色が目の前に広がり出す。
 緩やかな下りの道。東の果ては夏空と広がる海の青が水平線で交わり、西を向けば並び立つ木々の合間に(イル)トーヴァの勇壮な姿を仰ぎ見ることができた。

 息をのんだアンティにトレンスキーが笑いかける。
「綺麗なところじゃろう?」
「はい」
「ワシも初めて見た時は驚いた。世界にはこんなにも壮大な眺めがあるものなのか、とな。……いずれはこの国も再興してほしいものじゃな」
「たしか、カルバラ王家はクマリへ亡命してたはずだぜ」
 しみじみと言ったトレンスキーの側でゲルディークがさして興味もなさそうに呟く。
「この辺りの招来獣(しょうらいじゅう)を全部何とかすればそれも叶うんじゃねえの?」

 その言葉を聞き、先頭を歩いていたラウエルがふと振り返った。
「そういえば、この辺りには招来獣の気配がないのだ」
「たしかに。以前は針葉樹林内でも招来獣に襲われたものじゃったが」
 トレンスキーはやや怪訝(けげん)そうな顔をしたが、すぐに頷いて言った。
「まあ、平和なのは良いことじゃな」
「どうするのですか、師匠(せんせい)?」
 三人がトレンスキーを見つめる。トレンスキーはまだ見えない目的地、北の方角を眺めながら言った。
「……辺りに招来獣の気配がないなら、湖に近づく前に一度しっかり休息を取っておいた方が良いかもしれぬな」

 トーヴァ連峰に日が隠れると、辺りには薄らと宵闇の気配が漂いはじめた。次第に姿を見せる星々の下、四人は行きついた川辺の側で火精石(かせいせき)の火を囲んだ。

 アンティと共に軽い食事をすませると、トレンスキーは荷物の中から慣れ親しんだ地図を取り出して眺めだした。
 食事に加わらなかったラウエルは火の側に座り、アーシャ湖のある北の空気に意識を向けている。ゲルディークは逆に、これまで歩いてきた南側の木々に耳を澄ませながら目を閉ざしていた。

 その耳に、気配をひそめた足音が届く。
 ゲルディークが左目を開いた。
「……何か用、子犬ちゃん?」

 アンティは一度びくりと足を止めたものの、ゲルディークに近づいてその側にしゃがみ込んだ。
「その、……ゲルディさんも師匠(せんせい)と同じ四精術師(しせいじゅつし)ですよね?」
「そうだけど」
「でも、ゲルディさんの四精術(しせいじゅつ)は、師匠(せんせい)のとは少し違うかんじがします」
「そりゃ当然だろ、何が言いたい?」
 ゲルディークの言葉は短くそっけない。アンティは黒い術師装束の裾を小さく握ると、赤髪に隠れた横顔を見上げて尋ねた。
「四精術師は、何ができたら四精術師といえるのですか? どうしたら四精術師と認めてもらえるのですか?」

 わずかな間の後、ゲルディークが眉を寄せた顔をアンティに向けた。
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登場人物紹介

名前 : トレンスキー・エル・デア・ルートポート

誕生日: 10月8日

誕生花: 金木犀(花言葉は謙遜、真実、陶酔)

好物 : 酒類、特に赤ワイン


 クーウェルコルトの若き女四精術師。クウェン公用語で話す時は老人口調。亡き師匠の遺品である四精術増幅装置の片割れと、表世界と裏世界をつなぐ帰還の詠を用いて招来獣を還す旅をしている。


~作者一言~

 お人好しで空回りばかりするドジっ子。なのに個性的な口調と職業のせいで、何となく格好良い人だと周囲に勘違いされているお得な主人公ですね。

名前 :アンティ・アレット

誕生日:2月23日

誕生花:ポピー(花言葉は忘却、想像力、恋の予感)

好物 :干した苺


 フィリエル領アレットで出会った記憶喪失の子ども。無垢で幼げな印象だが招来獣に相対すると攻撃的になる。身体能力が高く短剣を操るのが得意。


~作者一言~

 発展途上、可能性のかたまり。この子が自分の言葉で話して自分だけのトフカ語を操るようになった時、きっと物語は大きな転換期を迎えるような気がします。

名前 :ハヴィク・ラウエル・イル・メルイーシャ

誕生日:7月2日

誕生花:クレマチス(花言葉は精神の美、旅人の喜び、策略)

好物 :アップルパイ


 招来術の天才といわれたクウェンの招来術師シウル・フィーリス・イル・メルイーシャが創った招来獣。精巧な人型を含む七つの形態変化とクウェン語を介する能力を持つ。


~作者一言~

 パーティには語尾が個性的な子や動物系マスコットキャラクターがいた方が良いと言われてできたキャラクター。ボケとツッコミの境界にいる印象が強いです。

名前 :ゲルディーク・イアン・リレッダ

誕生日:9月18日

誕生花:アザミ(花言葉は独立、報復、人間嫌い)

好物 :ハーブティー


 カルア・マグダから来た隻眼の四精術師。カルマの学術機関を逃亡してクウェンに至った。学舎制度の下で育った四精術師を軽蔑し、招来術師や招来獣を強く嫌っている。


~作者一言~

 お花さん好き、声フェチ、被虐趣味、外見からくる劣等感と、四人の中で一番癖のあるキャラ。彼の命がけの復讐はこれから達成されるのでしょうか?

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