第19話

文字数 1,609文字

 翌日の朝早く、トレンスキーたちはヒースの宿を発った。

「昨日はすみませんでした。お三方の良き旅路をお祈りいたします」
 赤い目をしたリオは丁重(ていちょう)に別れの言葉を告げると、一つの包みを取り出した。
「これ、よかったら。昨日のアップルパイの残りです」
 差し出されたラウエルは目を丸くしたが、すぐに手を伸ばすと大事そうに包みを受け取った。
「ありがとう、大切に食べるのだ」

 村から出た三人は、くるりと迂回をして北側の山へと向かった。
 元々は山菜を採りに村の者もよく訪れていたのだろう。踏みならされた道の周りは歩きやすいように枝が落とされていた。

 先頭を歩くのはラウエルだった。その後ろにアンティとトレンスキーが続く。
師匠(せんせい)
 朝の空気に響く鳥たちのさえずりの中、山道を歩くアンティがトレンスキーを見上げて言った。
招来獣(しょうらいじゅう)は、どうして人を襲うのですか?」
 トレンスキーがぎょっと足を止めた。見下ろした金色の目は真っ直ぐにトレンスキーを見つめている。
「ラウエルさんは招来獣ですよね。でも、敵ではありません。どうしてですか?」
「それは、その……」
 トレンスキーは困ったように前を歩くラウエルをうかがう。二人の会話は聞こえているはずだが、ラウエルは振り向く素振りもない。
 トレンスキーは息を吐くと、再び歩きだしながらアンティに答えた。

「招来獣は、招来術(しょうらいじゅつ)を用いて創られるということは以前教えたじゃろう?」
「はい」
四精術(しせいじゅつ)を元にしつつ、新たな技術として派生した招来術。四精石(しせいせき)を核として半永久的に生きる生物を創り出す技術じゃ。術として認められたのもここ数十年といったところでな。それがまあ、……戦争に使えるかもしれぬという話になったのじゃよ」
「戦争?」
 アンティの目がきょとんと開かれた。

「クーウェルコルトの北にカルア・マグダという帝国があってな。両国の間ではずいぶんと前から(いさか)いが絶えない。四精術や招来術はその過程で発展してきた面もあるのじゃがな。招来獣が凶暴なのは、創る際に人間が凶暴で(そう)あるようにと術で規定してきたからじゃ」
 ちなみに、とトレンスキーは声をひそめてアンティに言った。
「ラウエルはそのように創られておらん。あやつが闘えない招来獣なのはそのせいじゃ」
「……そう、なのですか」
 アンティは神妙な面持ちでラウエルの背を眺めた。

「それで、両国とも招来獣を大量に創って戦場に持ち込んだのじゃがな。確立されたばかりの技術というのは何かと予想外が起こりうる。それが、五年前に起こったアーフェンレイトの大災禍(だいさいか)じゃ」
 トレンスキーは遠くを見るように薄青色の目を細めた。
「創り手である術師の死をきっかけに、招来獣が制御できなくなったそうじゃ。大量の招来獣が敵も味方も関係なく人を襲うようになり、クウェンもカルマもたちまち戦争なんぞしておれん状況に追い込まれてしまった」
「では今は?」
「先の見えぬ休戦状態、ということになっておるよ」
 昨日のリオの言葉を思い返したトレンスキーは苦い表情で息を吐いた。
「あの一件以降、招来術師を見る目も変わった。(クウェン)を救う英雄とまで言われていた役職から一転、今ではどこへ行っても非難の的じゃ。さぞかしやりきれぬじゃろうな」

 前を歩くラウエルは何も言わない。木漏れ日の差す道には三人の足音と夏鳥たちのさえずり、そしてトレンスキーの独り言のような声だけが響く。

「ワシらが相対しているのはそういった、人の都合(エゴ)で創られ人の勝手(エゴ)で退治される招来獣なんじゃよ。被害にあった無辜(むこ)の人々の怒りや嘆きは痛いほどに分かるが。それでもワシは、招来術師にも、招来獣にも、救いはあってほしいと思うのじゃ」

「救い……」
 アンティが不思議そうに言葉を繰り返す。
「救いとは何ですか、師匠(せんせい)?」
「ん、それは……」
「どうすれば、救いになるのですか?」

 黙り込んだトレンスキーに代わって、先頭のラウエルが二人を振り返って言った。
「ここで一度、道が途切れているのだ」
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登場人物紹介

名前 : トレンスキー・エル・デア・ルートポート

誕生日: 10月8日

誕生花: 金木犀(花言葉は謙遜、真実、陶酔)

好物 : 酒類、特に赤ワイン


 クーウェルコルトの若き女四精術師。クウェン公用語で話す時は老人口調。亡き師匠の遺品である四精術増幅装置の片割れと、表世界と裏世界をつなぐ帰還の詠を用いて招来獣を還す旅をしている。


~作者一言~

 お人好しで空回りばかりするドジっ子。なのに個性的な口調と職業のせいで、何となく格好良い人だと周囲に勘違いされているお得な主人公ですね。

名前 :アンティ・アレット

誕生日:2月23日

誕生花:ポピー(花言葉は忘却、想像力、恋の予感)

好物 :干した苺


 フィリエル領アレットで出会った記憶喪失の子ども。無垢で幼げな印象だが招来獣に相対すると攻撃的になる。身体能力が高く短剣を操るのが得意。


~作者一言~

 発展途上、可能性のかたまり。この子が自分の言葉で話して自分だけのトフカ語を操るようになった時、きっと物語は大きな転換期を迎えるような気がします。

名前 :ハヴィク・ラウエル・イル・メルイーシャ

誕生日:7月2日

誕生花:クレマチス(花言葉は精神の美、旅人の喜び、策略)

好物 :アップルパイ


 招来術の天才といわれたクウェンの招来術師シウル・フィーリス・イル・メルイーシャが創った招来獣。精巧な人型を含む七つの形態変化とクウェン語を介する能力を持つ。


~作者一言~

 パーティには語尾が個性的な子や動物系マスコットキャラクターがいた方が良いと言われてできたキャラクター。ボケとツッコミの境界にいる印象が強いです。

名前 :ゲルディーク・イアン・リレッダ

誕生日:9月18日

誕生花:アザミ(花言葉は独立、報復、人間嫌い)

好物 :ハーブティー


 カルア・マグダから来た隻眼の四精術師。カルマの学術機関を逃亡してクウェンに至った。学舎制度の下で育った四精術師を軽蔑し、招来術師や招来獣を強く嫌っている。


~作者一言~

 お花さん好き、声フェチ、被虐趣味、外見からくる劣等感と、四人の中で一番癖のあるキャラ。彼の命がけの復讐はこれから達成されるのでしょうか?

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