5-10

文字数 1,473文字

 信太郎を逮捕した数日後、連絡を受けた美和が課に顔を出してくれた。
 朝香は言う。
「お父様は組織の内部情報を警察官に流していたんです。お父様は全てを捨てて、あなたと向き合うつもりだったんです」
「全てを捨てっていうのは……ヤクザも辞めてってこと、ですか……?」
「そうです。全てあなたとお母様の為にやり直すつもりだったんです。これを」
 朝香クマのぬいぐるみを差し出す。
「これは……?」
「お父様があなたの為に購入したものです。容疑者が所持していたんです」
「大きいぬいぐるみ」
 真誉は微笑む。
「いいえ。それバックなんです」
 美和は泣き笑いの顔でクマのバックを受け取ると、ぎゅっと抱きしめた。
「これを父が、私の為に……」
 真誉が言う。
「お父様は美和さんのことを愛していたんです。間違いなく。この写真はそのバックの中に入ってました」
 真誉は皺くちゃの家族写真を差し出す。
 美和は涙で濡れた声で、朝香たちに頭を下げた。
「ありがとうございます……ありがとう、ございます……!」
 
 朝香と真誉は二人っきりの刑事部屋で、ささやかな祝杯を上げる。
「お疲れっ!」
「お疲れ様でーすっ!」
 顔を打ち付け合い、喉を鳴らしながらビールを飲み干す。
 朝香はうっとりとした声を漏らす。
「はぁぁ……幸せぇ」
 真誉は頷く。
「ですねっ」
「真誉。初めての捜査はどうだった?」
「すっごく大変でした。やっぱり私には情報整理の方が性に合ってるなって思いました」
「そう? 才能あると思ったよ」
 真誉は照れ笑いを浮かべる。
「朝香先輩とだからうまく出来たんです。それに途中で、美和さんと自分とを変に重ね合わせちゃって、冷静でいられなくなっちゃったりもしましたし……」
「別におかしなことじゃないよ。それだけ親身になれたってことなんだから。それに吉良さんだって感情的になって暴走しちゃったこと、あるでしょ?」
 真誉は冗談めかして言う。
「それじゃあ、吉良先輩よりは私の方が刑事に向いてるってことですかね?」
「そうかも」
「フフ。先輩達っていつも事件解決の時、こんなに満ち足りた気持ちになっていたんですね。ここで情報を整理してるだけじゃ、分からないことです」
 朝香は肩をすくめる。
「事件は解決できないことの方が多いけどね。でも今日みたいな日は確かに刑事になって良かったって心から思える瞬間よ」
「先輩は、どうして刑事になろうとしたんですか?」
「唐突ね」
「す、すみません」
「真誉が答えたら、終えてあげる」
「わ、私は正義の味方に憧れて……婦人警官の人が格好良いなって思って。すみません。こんな下らない理由で……」
「志す理由に上等も下等もないわ。それがモチベーションになれば何だっていいと思うわ」
「次は先輩の番ですよ」
「――私、小さな頃に誘拐されたことがあったの」
「えっ」
「保育園の時だからあんまり覚えてないんだけど、すごく印象に残っていることがあってね。それが刑事さんが私が監禁されてる場所へ突入して、男の刑事さんが私を見つけるなり、どうしてか泣きそうな顔になって、『もう大丈夫だから!』って抱きしめてくれたこと。それが今でもはっきり思い出せてね。あんな風に誰かを助ける警官になりたいって思ったの」
「きっと先輩を助けた刑事さんと同じように、先輩も美和さんやこれまでのたくさんの被害者、そしてその家族の方々を、助けていると思います」
「そうかな……」
「そうですっ」
 真誉の真剣な表情に、朝香は口元を緩める。
「ありがと」
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