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文字数 2,326文字

b朝香たちは、美喜子の夫である秀康が当時勤めていた水道工事会社、小山田工業を訪ねた。
 小山田工業は墨田区にある中小零細で、社屋はこぢんまりとした平屋だ。
 尋ねると奧から、作業着姿のごま塩頭の男性が出て来た。
 朝香たちは警察バッジを見せ、名乗る。
 徹が言う。
「以前、こちらで辻秀康という方が働いていたと思うのですが」
「ええ……。私の父が社長の頃ですね。それが何か?」
「辻秀康が殺されたことはご存じですか?」
「知ってますよ。警察がうちにも来ましたから。犯人は捕まっていないと聞きましたが……捕まったんですか?」
「いいえ。今回はそれとは別件でして。辻秀康と親しかった方はいらっしゃいますか?」
「それなら確か、鈴本さんが親しかったと思いますが」
「その方は今どちらに?」
「現場に出ています」
「出来れば、お話を伺いたいんですが」
「分かりました。連絡してみます」
「お願いします」
 朝香たちは奧の商談室に案内され、そこで鈴本琢磨(すずもとたくま)を待つことに。
 待っている間、保管されていた辻秀康の履歴書に目を通させてもらう。これまで建築業や工事作業員など、いくつかの会社を転々としている。
 ここでの評判はそれほど悪くはないようだ。多少荒っぽい所があるが、勤務態度はおおむね真面目だったという。
 朝香は溜息をつく。
 徹は吐き捨てる。
「子どもを虐待する人が評判良いなんて」
 
「日頃のストレスを家族で晴らしてるんだよ。クソみたいな内弁慶さ」
 そうこうしている内に、白髪の男性が恐る恐るという風に入ってくる。
 朝香たちは、立ち上がった。
「鈴本琢磨さんですね。私共は……」
「す、すいません! 悪気があった訳じゃないんですっ! あ、あの時はパニックになってて!」
 琢磨は帽子を取ると、深々と頭を下げた。
 突然の謝罪に朝香たちは面食らい、顔を見合わせる。
 朝香は、琢磨を落ち着かせようとする。
「鈴本さん。落ち着いて下さい。どうされたんですか」
 琢磨は恐る恐る顔を上げた。
「私が当時現場から逃げ出したことじゃないんですか……?」
「いいえ。私たちはあなたが辻秀康さんと親しかったと聞きましたので、お話しを聞きたかっただけです」
「あぁ……」
 琢磨は気の抜けた声を漏らした。
 徹が、琢磨の背後を取る。
「鈴本さん、座って下さい。……それで現場から逃げ出したってどういう意味ですか?」
 うな垂れた琢磨は呟く。
「……ヒデさんが刺された時、一緒に飲んでたんです……」
 徹が尋ねる。
「なら、誰に刺されたかも見たんじゃないんですか?」
「はい……。居酒屋から出て、気持ち良く酔って繁華街の通りを歩いてた時です。突然、前から現れた男が、わざとヒデさんに肩をぶつけたんです。そいつ、外国人だったかと思いますけど、突然ヒデさんに、外国語で文句を浴びせたかと思うと、ナイフでヒデさんの胸を刺したんです」
「どうして逃げたんですか?」
 琢磨は消え入るような声で言う。
「……こ、怖くなって……それで……」
 徹に代わって、朝香が聞く。
「あなたと辻さんの関係は? 最初からそんなに親しかったんですか?」
「当時、俺は高校を出て入社したての若造でした。それを年上のヒデさんに可愛がって頂いて……。そのヒデさんが刺されたのに逃げ出しちまって……ずっとそのことを後悔してたんです……っ」
「辻さんはどんな方でしたか?」
「面倒見の良い、頼れる兄貴分です」
「暴力的だったとかそういうことはありますか?」
「酔っ払うと少し当たりが強くなったりはしましたけど、誰だって大なり小なりそういうことはあるでしょ?」
 琢磨はずっと溜め込んでいたものを吐き出し、最初、沈痛な面持ちだったのが、幾らか顔色が良くなっていた。
「辻さんから、家族の話を聞いたことは?」
「いいえ。その話は苦手というか……何て言うか……避けてる感じがありましたから……」
「辻さんにおかしい所はありませんでしたか」
「おかしいとは?」
「不自然というか、挙動不審な所です」
「不自然……挙動不審……」
 琢磨は宙空を眺め、過去を思い出そうとする素振りを見せる。と、その表情がかすかに変化するのを朝香は見逃さなかった。
「あったんですね」
「で、でも考え過ぎかもしれませんが」
 徹が加わり、話を促す。
「どんな些細なことでも構わないんです。教えて下さい」
 二人の刑事から迫られ、琢磨は目を伏せる。
「ここの給料は決して高いって訳じゃないんです。それにヒデさんはパチンコやら競艇やらが好きで、結構、金遣いが荒かったんですけど、それでも時々まとまった額のお金を持ってることがあって……」
 朝香は聞く。
「金の出所について何かほのめかしたりはしてませんでしたか?」
「一度だけですが、酔っている時にそれとなく景気が良さそうですねって話を振ったことがあって。その時に持つべき者は家族だって……言ってました」
「家族……?」
 琢磨は、おずおずと頷く。
「家族の話題は避けてたんで、珍しいなって思って覚えてました」
「ご協力ありがとうございます。何か思い出しましたら連絡を」
 朝香は名刺を差し出した。

 庁舎へ戻る途中、朝香たちは琢磨の証言を、考えていた。
 徹が言う。
「両親は亡く、親戚とも没交渉……だよな」
 朝香は頷く。
「つまり、娘さんにお金を……?」
「ああいうクソ野郎は鼻だけは利く。娘を探しだしたのかもな」
「真紀さんに確認を取りましょう」
 朝香は辻真紀の会社に連絡する。
 今は打ち合わせ中で留守にしているが、間もなく帰社の予定だと聞き、向かった。
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