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文字数 1,460文字

 数日後、朝香はその足で再び有野修司の元を訪れた。
 先日の一件もあるのか、看護師は不安げだったが、「お願いします!」と朝香は頭を下げ、どうにか了解してもらえた。
 ただし今度は看護師立ち合いの下。
 部屋を訪ねれば、先日同様、修司は映画を鑑賞していた。
「修司さん。お久しぶりです。先日は……」
 振り返った修司は無表情ではなかった。微笑んでいた。
「あぁ、良かった。美喜子さん。無事だったんですね」
 修司はまるで子どものようなあどけない笑顔を見せ、手を伸ばしてくる。
 朝香は中腰になって目線を合わせ、修司の手を優しく握った。
「はい。あなたのお陰でこうして無事です」
 修司は涙ぐんだ。
「良かった……」
「娘の真紀も」
 娘の名を耳にした途端、修司は目を閉じ、下唇を噛んだ。
「あの時は余計なことをしました」
 これまでと一転した反応に、朝香は戸惑う。
「あの時?」
「娘さんが、僕たちの後を付いて乗り込んできた時です。私は何も出来ず……あなたたち二人が出ていくのを見送ることしか……」
 しかしそこで修司の眼差しは曇り、不意に口を噤んだかと思えば、まるでそれまでのことがなかったかのように朝香への興味を失い、テレビに向かってしまう。
「修司さんっ?」
 朝香は看護師を振り返ると、彼は小さく首を横に振る。
「修司さん。お話、ありがとうございます」
 朝香は修司の背に向かって頭を下げた。

 その二日後。朝香は課長の愛一郎にファイルを提出した。
「これは?」
「辻真紀さんに話を聞きにいかせて欲しいんです」
 徹や真誉がやってくる。
 徹が言う。
「法条。その件はもう解決したはずだぞ」
 朝香は言う。
「吉良さん。真紀さんに聞きたいことがあるんです」
 愛一郎は朝香を見る。
「被害者遺族の心をいたずらにかき回すのは、我々だからこそ控えなければいけません。今回の事件では辻真紀さんも被害者なのですから」
 真誉が頭を下げる。
「課長。朝香先輩にチャンスを上げて下さい。お願いします!」
 徹が呆れて、朝香を見る。
「おい。犬童まで巻き込んだのかよ」
 朝香が何か言うよりも先に真誉か、「違いますっ」と言い切った。
「私は自主的に協力したんです。朝香先輩が悪いことをしたみたいな言い方はやめて下さい」
 徹は怯んだ。
「わ、分かったよ。そんなに噛みつくな……」
 愛一郎は徹を見る。
「夫が殺害したという物証は出ていないんですよね」
「しかし状況を考えると被害者の夫しか……」
 愛一郎は徹を手で制し、朝香に告げる。
「これが最後の聞き込みです。よろしいですね」
「はいっ! ありがとうございます!」
「朝香先輩、やりましたね!」
 さすがに徹も眉を顰める。
「課長も今仰ったじゃないですが、被害者遺族の心をかき回すなと。それなのにどうして……」
 愛一郎は言う。
「これ以上は捜査はできないというまで捜査を進めるのが、その事件を引き継いだここの役割だと思っています。それに北条君がここまで粘るのですから。――これが最後と思って、吉良君。法条君と一緒に会いに行って下さい。ここは週刊誌を読む場所ではありませんよ?」
 徹は目を反らす。
「……了解です」

 課を出ると、朝香は徹に頭を下げた。
「付き合わせてしまってすみませんでした」
「今週、犬童とやたらコソコソしてると思ったら、こういう訳だったのか」
「……はい」
「まあ良いさ。付き合うぜ。どのみち、これが最後なんだ」
 徹はぼやきながら、歩き出した。
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