1-11

文字数 1,420文字

 朝香は被害者、片桐佳子の墓前にいた。
 片桐佳子の墓は実家の埼玉県のある寺で、他界した両親と同じお墓に入っている。
 墓は佳子の兄が面倒を見ているということもあって、しっかりと手入れがされている。
 あの時。寂しげな表情で、大野好也にしがみついていた佳子。
 事件が解決したとはいえ、あんな切なそうな顔をしていた彼女が、泉下でどんな気持ちを抱いているのかまでは分からない。
 朝香は火を付けた線香を供え、そっと手を合わせた。

 翌日、朝香は寝坊することなく課に出勤した。
「おはようございます」
 唯一早めに出勤していたらしい真誉が「おはようございます! 朝香先輩。いつもの格好、ですね」と朝香のパンツスーツ姿をしげしげと眺める。
 朝香は苦笑する。
「もうあんなバブリーな格好はしない……というか、出来ないわね。恥ずかしいもの」
「それじゃあもう、片桐さんは……」
「いないと思う」
「そうですか。良かったです。ずっとのあのまま片桐さんがバブリーなままだったらって思いましたから」
 徹がしばらくして出勤する。いつもの地味なパンツスーツ姿の朝香を見るや、「……もう良いのか?」と恐る恐る聞いてきた。
 朝香は頭を下げる。
「ご迷惑をおかけしました。もう大丈夫ですので」
「そうか」
 真誉がニヤつくと、徹が「その顔は何だ」と咎める。
「いえいえ。さすがの吉良先輩も取り憑かれたままになることを心配してたんだなぁって思いまして。それだけ朝香先輩の眩映を、頼りにしてるってことですよね?」
「馬鹿言うな。あんな下らない格好でいつまでもいられたら、他の事件の聞き込みに支障が出るって思っただけだよ」
「はいはい。そういうことにしましょう」
「お前なぁ」
「ふふ」
 二人のやりとりに朝香は吹き出してしまう。
「――みなさん。おはようございます」
 その時、課長の愛一郎が出勤してきた。
「おはようございます!」
 朝香が元気よく返事をする。
「皆さん。今回はよくやってくれました。事件が解明され、被害者も浮かばれたかと思います。これからも引き続き、事件解明に当たって下さい。――法条君。ちょっと良いですか?」
 手招きされ、ドキドキしながら課長のデスクへ向かう。
「な、何でしょうか」
「今回は君の活躍が顕著だったと吉良君の報告書に書かれていました」
「そんなことは……。吉良さんや真誉がいなければ、解決には至れなかったと思います」
「君には期待しています。それと、これからはちゃんと一言言って下さいね。下手に誤魔化さず。良いですね?」
 愛一郎は口角を持ち上げた。
「すいません。あの格好はちゃんと事前に……」
 愛一郎は苦笑しつつ、かぶりを振った。
「そのことではありません」
「え?」
「君が警察病院に運ばれたことを言っているんです」
「課長! 私が吉良さんや真誉に嘘をつくようお願いしたんです。ですから……」
 愛一郎は、朝香を宥める。
「落ち着いて下さい。私は別に怒ってはいません。うちは常に人手不足で、ネコの手も借りたいくらい忙しく、それでいて大切な務めを果たさなければいけません。私はこの部署を預かる者として部下の健康状態はしっかりと把握しておきたいだけです」
「……わ、分かりました。以後、気を付けます」
「結構です。では業務に戻って下さい」
「失礼します」
(課長の懐が深くて本当に良かった)
 朝香は心の底から安堵した。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み