5-4

文字数 3,328文字

 府中刑務所に赴いた朝香と真誉は早速、志村均(しむらひとし)との面談を行う。
 面談室で待っている間、質問をすることになっている真誉はそわそわして落ち着かない様子だった。
「や、やっぱり先輩がされた方が……」
「私が聞きたいことがあったら聞くから。でも基本は真誉よ」
「で、でも聞き込みは経験がなくって……」
「何事もやってみないと。私もついてるから。ね?」
「は、はい……」
 と、面談室に痩せすぎな印象を受ける中年男が現れる。
 天然パーマを刈り込んでいて、前髪の交代が目立つ。
 志村均は朝香と真誉を品定めをするように見るなり、脂下がった顔をした。
「よぉよぉ。こんな別嬪さんに会えるんだったら、もうちょっとオシャレしてくるんだったぜぇ」
 軽口を叩いて看守に笑いかける。
 朝香は看守に目線を送る。看守は、奧の部屋に引っ込んだ。
 真誉が緊張でやや表情を強張らせながら、口を開く。
「志村均さん、ですね……?」
「なあなあ、お嬢ちゃん。彼氏はいる? 俺、あともうちょっとで出られるから、連絡先を交換しようぜ」
「あ、あのですね、今日は事件の……」
「その前にお互い初対面なんだから、話をして打ち解けなきゃ――」
 瞬間、バンッ!と鋭い音がつんざく。
 均が笑い顔のまま固まる。
 真誉がびっくりしたように朝香を見る。
「あ、朝香先輩……?」
 朝香が、拳を壁に叩きつけていたのだ。
 朝香は均を睨み付ける。
「つべこべ言わずに知ってることをさっさと話しゃ良いんだよ!」
 均はびくっと反応した。
「……な、何だよぉ。いきなり怒鳴って……ハハ。そんなに怒ること……」
 しかし朝香の射るような鋭い眼差しに一瞥され、均は息を呑んだ。
 朝香は均に凄む。
「いつまでもふざけたこと言ってるとヤキ入れるわよ。出来ないと思う? 私は警察官だからそんなことはしないって? あんたみたいなケチな詐欺師、どこでどうなろうと関係ないんだからなっ!」
 均は引き攣った空笑いを漏らす。
「……わ、分かった。分かったよ。そんなに怒るなよ。話はちゃんとするからさ」
 朝香は真誉に目配せをする。
 真誉は朝香に気圧されつつ、
「だ、伊達清直さんのことです。あなたが親しかったと聞いたんですが……」
「伊達かぁ。懐かしい名前だねぇ。まあ、確かによくつるんでたな。でもあいつ、死んだぜ?」
「その伊達さんを殺害した犯人に、心当たりはありませんか?」
「ありゃ大変だったぜ。どこの組の仕業だぁっ! って上も下も大騒ぎで……。結局、犯人は見つからずじまいでさ。調べようとする矢先に、警察にガサかけれられて、それ所じゃなくって……」
「伊達さんは武闘派だったと聞きました。でしたら何かもめ事があったんではないですか?」
「ないない。街中で騒ぎなんざ起こしたら、それこそ組長(オヤジ)に迷惑がかかるでしょ?あいつはそういうところはしっかりしてたしね。チンピラに馬鹿にされてもじっと堪えるだけの辛抱強さはあった」
「……そうですか」
「これで終わり?」
 均は朝香にびくつきながら上目遣いになる。
 朝香は言う。
「――今も当時も、武闘派には辛い時代よね。金銭的な問題はなかったの」
「そこはご心配なく。俺の金稼ぎに協力してもらってたから」
「詐欺に?」
「ああ、美人局に。可愛い女の子に釣られたバカを、あいつが出ていって金を搾り取る……。金額さえ調整すれば向こうにも負い目があるから、警察に走られる心配はないって寸法さ」
「その割にパクられてるけどね」
「これは別件だからさ。美人局(つつもたせ)は百発百中! バキューン! なーんちゃって」
 誘い笑いを求めるように均はヘラヘラするが、朝香は無視する。
「――どうしてあんたみたいな奴が、伊達さんとつるむむように?」
 肩すかしを食らいながらも均は答える。
「今の時代、稼げない奴同士、持ちつ持たれつじゃねえと……。下っ端組員も大変なのさ」
「それじゃあ一切、伊達さんの事件の犯人に、心当たりはないのね?」
「んー……ここだけの話……なんだけどねぇ。怪しいと思ってる奴がいるんだよね」
 真誉が前のめりになる。
「誰ですかっ」
「うちの組……つっても、もうないんだけどね……若頭補佐の五木さんが怪しいと思ってるんだよね」
「五木さん?」
「五木勇作。キャバクラで飲んでて、店の子にちょっかいかけてるのを伊達に止められてさぁ。んで、五木さんムキになって殴りかかったんだけど、伊達にあっさりいなされて、女の子前で、赤っ恥かいちまって……」
 真誉は信じられないという顔をする。
「そんなことで、ですか?」
 均はニヤつく。
「お嬢ちゃん。ヤクザはそういうもんで人を殺しかねないから、ヤクザなんだよ。それに本人がやらなくたって、別の人間を使うっていう手段もあるしさぁ」
「伊達さんのことに戻るんですが……大切にしていたものはありませんでしたか」
 これまでとは少し異なる質問に、均は眉を顰めた。
「大切にしていたもの? 何で」
「……伊達さんは何かを、犯人に奪われたようなんです」
 均は肩をすくめた。
「金じゃなくって? ま、あいつが大した金額を持っているとも思えないけどね」
「……そうですか」
「なあなあ、これくらい協力したんだからさぁ、便宜の一つも計ってくれよぉ」
 朝香は冷めた声で言う。
「犯人が捕まれば、考えてあげる。真誉、行くわよ」
「は、はい」
 朝香は立ち上がり、真誉を促した。
「また来てねー!」
 気色の悪い均の声が、響いた。

 刑務所から出ると、真誉は大きく深呼吸をした。
 朝香はそっと肩を叩く。
「真誉、ちゃんと出来たじゃん。良かったよ」
「……駄目です。途中で言葉が出なくなっちゃいましたから……」
「そんなことないよ。私が初めて刑事課に入った時なんてガッチガチで、先輩の後ろでずっと縮こまってたんだから、それに比べれば大したもんだよ」
 ありがとうございます、と真誉ははにかんだ。
「……ところで先輩。眩映は見ましたか?」
「ううん、見えなかった」
 すると、真誉はがっくりうな垂れてしまう。
「見えなかった……ってことは外れ、ですか?」
「違うわ。必ず出会った人、全てに眩映が見える訳じゃないから、今は何とも言えないわ」
「そ、そうだったんですか。――それにしてもさっきの朝香先輩、怖いっていうか……迫力があって、心強かったです」
 朝香は苦笑を漏らす。
「……あんなことするつもりなかったんだけどねぇ」
「さっきのって伊達さんの影響なんですか?」
「そう」
「眩映を見るのも、大変ですね……」
「本当。今回はまだ犯罪者相手だからアレだけど、他の人にやらないように気を付けなくちゃ。ひとまず課に戻りましょう」
「はい!」

 課に戻ると、愛一郎が出迎えてくれた。初陣の真誉を心配していたのだろう。
 愛一郎は真誉を見る。
「どうでしたか。初めての聞き込みは」
 真誉は緊張の面持ちになる。
「あ、はい。朝香先輩に助けられながらも、事情を知っていそうな人の手がかりが……」
 真誉は均から入手した情報を伝える。
「では引き続き頼みますよ」
「はいっ!」
 徹がやってくる。
「お疲れ。問題は?」
「えっと、外で」
 朝香たちは課長を気にしつつ、廊下に出た。
「実は……」
 朝香は、自分が暴力的に振る舞ってしまったことを伝える。
 徹は苦笑する。
「容疑者に手を出してないなら問題ないだろ。ま、何かあったら犬童が全力で止めろ」
 真誉は慌てる。
「ええっ! ちょっと……いえ、かなり自信ないです……っ」
 朝香は苦笑する。
「大丈夫よ、真誉。そんなことにはならないよう気を付けるから。――吉良さん。あんまり怖がらせないで下さい」
「悪かったよ。ま、何とかなるさ。がんばれよ」
 徹は呑気なことを言うと、部屋に戻っていく。
 真誉はぎゅっと拳を握って、朝香を仰ぐ。
「朝香先輩。私は大丈夫ですから、がんばりましょう!」
「真誉、ありがと」
 朝香は真誉の頭を撫でた。
 真誉はくすぐったそうに、頬を緩めた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み