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文字数 1,369文字

 朝香たちが課に戻ると、真誉が熱いコーヒーを用意して待ってくれていた。
「吉良先輩、朝香先輩。お疲れ様でした。どうぞ!」
 朝香たちはありがたく受け取る。
「ありがと」
「おぉ、サンキュ」
「首尾はいかがでしたか?」
 朝香は溜息を漏らす。
「被害者が夫から暴力を振るわれていた可能性が。当時、中学生だった娘さんも含めて」
 真誉は顔を顰める。
「……ひどい。警察に記録は?」
 朝香は、力なくかぶりを振った。
「調べて見たけど情報が古すぎるのか、特に何も」
 愛一郎が顔を出す。
「――情報は恐らくないでしょう」
 真誉が言う。
「どうしてですか。奥さんが警察に相談したり……」
「八十年代にも確かに虐待による死亡事件で、警察が動いたことはありました。ですが死亡に到らない限り、家庭に警察が入るということはほとんどあり得ないことだったんです。その家の教育、ということで済んでしまったんです。五十年代から八十年代にかけて、核家族化が進みはじめていましたから、尚のこと家の中はブラックボックス化していったんです」
 徹が怪訝な顔をする。
「五十年代? 課長、一体おいくつですか?」
「基礎知識ですよ」
 真誉は愛一郎の話に表情を曇らせる。
「……そうなんですね。今も家庭内の虐待は見過ごされがちですけど、それ以上に……」
 徹が話を振る。
「――犬童。8ミリの撮影者のことだけど、捜索方法のアイデアはあるか」
「それなんですが。8ミリ動画を映画好きの集まるネット掲示板に、管理人さんの協力を仰いでアップしましたから、何かあれば情報が来ると思います」
 朝香は、ぎゅっと真誉を抱きしめた。
「さすが真誉! ありがとね! 踊らない?」
 真誉は困惑する。
「えっ? あ、あぁ……もしかして今度の方はダンス好きな方、なんですか?」
「そうかもっ」
 徹が割って入ってやめさせる。
「おらおら。ここはディスコじゃないんだぞ。法条。俺たちはクソオヤジの捜索だ。撮影者を見つけるよりそっちの方が早そうだ。暴力癖ってのは治らない。一生ついて回るもんだ。出所後も何か起こしてるだろう」
 我に返った朝香は頷く。
「で、ですね。ごめんね、真誉」
「事件解決したら幾らでもダンスしましょ」
 朝香は肩をすくめた。
「あははは。その時はもう踊りたくなくなってるかも」
「そう言わないで一緒にクラブに行きましょ。約束ですよ?」
「分かった」
 朝香は、デスクに戻った。

 徹の言った通り、真紀の父親――辻秀康は調べてから二日ほどで見つかった。
 と言ってもその時にはすでに故人だったが。
 課内で朝香は所轄から取り寄せた資料を、徹に見せる。
「――美喜子さんの夫、辻秀康さんは1992年に有楽町の繁華街で、喧嘩騒ぎを起こして刺殺されています」
「犯人は?」
「まだ見つかっていません。通行人の証言でも刺されたということくらいしか分からなかったようです」
「犬童の方は?」
 真誉は頬杖を突きつつ言う。
「美しい人だ、どこの女優さん? 彼女の作品を見たい――被害者の方が人を惹き付ける方だとは分かりましたけど、それくらいです。有効な手がかりはまだ……」
 徹は頷く。
「仕方ないか……。ひとまず旦那の方を探ろう。行くぞ、法条」
「はい」
 朝香たちは立ち上がった。
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