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文字数 2,190文字
朝香は真誉と共に部屋に戻ると、奧のデスクにいる愛一郎の元へ。
「真誉から聞きましたが……」
愛一郎はパーテーションで区切られた場所を示す。
「そちらの応接室で待って貰っています。吉良君と話を聞いて下さい」
「了解しました」
パーテーションの中に入ると、ソファーに座った初老の女性に会釈する。
女性と対面していた徹が朝香を紹介する。
「うちの捜査員です」
「法条と申します」
朝香が頭を下げると、女性も頭を下げた。
「……志摩さやかと申します」
朝香は徹の隣に座った。
徹は口を開く。
「それで、お話しというのは?」
さやかは落ち着かないように手を組んだり、ほどいたりして、唇を小さく舐めた。
「……佳子。片桐佳子のことです。1985年の夏に殺された……」
「風俗のお仕事をされていた……?」
ついさっき見ていた資料なのだと、朝香は思わず口にしていた。
さやかは頷く。
「え、ええ……。そうです。ホテトルを」
徹が説明を付け足す。
「ホテトルってのはホテルトルコの略で、八十年代辺りに流行した風俗だ。客が公衆電話に貼り付けられた番号に連絡して、ラブホテルで待って、性的サービスを受けるもんだ。今で言うデリバリーヘルスに近い業態だな」
朝香は相槌を打つ。
「世代が違いますよね? どうしてそんなことを知ってるんですか?」
「所轄の生安課に居た頃に、先輩刑事から色々教わったもんの一つなんだよ」
さやかは少し恥じいるように頷く。
「まあそうですね……」
徹が言う。
「志摩さん。あなたは被害者とはどのようなご関係ですか?」
「……その前に、私が昔そんな仕事をしていたということは内密にお願いしたいんです。家族は誰も知りませんから」
「確約は出来ませんが、出来うる限り事実は伏せます」
「……私は佳子の同僚でした」
そこに真誉が姿を見せ、先程朝香が見ていたファイルをテーブルに置いた。
徹はファイルをパラパラと捲りつつ、真誉を見る。
「なるほど。踏み込んだことをお聞きしますが、どのような名前で働かれていましたか?」「そ、そんなことまで聞くんですか」
さやかは驚きに目を瞠った。
「こちらには当時の従業員名簿もあると思うので、それと突き合わせたいんです」
彼女にとっては予想外な申し出ではあったが、席を立たなかった。膝に置いた鞄の柄をぎゅっと握りながら答えてくれる。
「……美保子です」
「漢字は?」
「美しさを保つ、子どもの子、です」
徹はその場でメモしてから、「ではどのような情報をお持ちですか?」と話を進める。
「実は彼女、とある客に付きまとわれていたんです」
徹はパラパラとファイルを捲る。
「そのような証言はないようですが……」
「当時は、その……厄介事には巻き込まれたくないと思っていましたので……話しませんでした……」
「店側も特にそのような証言をしていませんね」
「当時は客の一人という認識で。うちの店ではそういう人間は日常茶飯事でしたし……。店側も人気のある証拠と、直接傷つけるようなことがない限り取り合わなかったんです」
朝香は口を開く。
「その客の名前は分かりますか?」
「坂本清という男です」
徹は顔を顰めた。
「どうしてそんなことを今頃……」
「――これです」
徹は新聞の切り抜きをテーブルに見せた。
「数日前の新聞で見つけましたんです」
町工場の名物社長、坂本清さん(52)、若者との交流を語る――というタイトルと、取材を受けた時の男性の白黒写真のついた小さな記事だ。
「間違いなく、この男です。確かに年月は経っています。でも、このこめかみの傷痕と、このいやらしい小さな目は覚えています」
徹はさやかを見る。
「その客の相手はしたことはあるんですか?」
「……はい。何度か」
「事件後はどうですか。事件後も店に?」
「……それは分かりません。事件があって間もなく店を辞めたので。……怖かったんです。佳子を殺したのがあの男かもしれないと思っていたので」
朝香は下唇を噛んだ。
「お辛かったでしょう」
さやかはハンカチで口元を覆い、目を伏せる。
「あれから警察には何度も言うべきだと悩みました。でも私も家庭がありましたし、過去のことは誰も知りません……。でもこの新聞記事を見て……許せないと思って。こんな変態が堂々と佳子のような若い人と交流するなんて、吐き気が……」
徹は頷く。
「分かりました。調べてみます。何か分かりましたら、またご連絡を差し上げます」
「刑事さんっ。この変態を絶対に捕まえて下さい。お願いします!」
さやかは頭を下げると部屋を出て行く。
徹は朝香を見る。
「この事件、知ってたのか?」
「呼ばれるまで倉庫でこの資料にたまたま目を通していたもので」
「運命かもな」
部屋を出た徹と朝香は、課長にさやかから聞いたことを告げると、愛一郎はゆっくりと口を開いた。
「吉良君。どう見ますか?」
「調べる価値はあるかと」
愛一郎は朝香にも意見を求める。
「法条君は?」
「ご自身の昔の職業のことまで明かしたほどですから。確信を持たなければ、わざわざ警察にやってくることはないかと」
「分かりました。二人とも。ひとまず坂本さんに話しを聞いてきて下さい」
「分かりました」
徹と朝香は頷いた。
「真誉から聞きましたが……」
愛一郎はパーテーションで区切られた場所を示す。
「そちらの応接室で待って貰っています。吉良君と話を聞いて下さい」
「了解しました」
パーテーションの中に入ると、ソファーに座った初老の女性に会釈する。
女性と対面していた徹が朝香を紹介する。
「うちの捜査員です」
「法条と申します」
朝香が頭を下げると、女性も頭を下げた。
「……志摩さやかと申します」
朝香は徹の隣に座った。
徹は口を開く。
「それで、お話しというのは?」
さやかは落ち着かないように手を組んだり、ほどいたりして、唇を小さく舐めた。
「……佳子。片桐佳子のことです。1985年の夏に殺された……」
「風俗のお仕事をされていた……?」
ついさっき見ていた資料なのだと、朝香は思わず口にしていた。
さやかは頷く。
「え、ええ……。そうです。ホテトルを」
徹が説明を付け足す。
「ホテトルってのはホテルトルコの略で、八十年代辺りに流行した風俗だ。客が公衆電話に貼り付けられた番号に連絡して、ラブホテルで待って、性的サービスを受けるもんだ。今で言うデリバリーヘルスに近い業態だな」
朝香は相槌を打つ。
「世代が違いますよね? どうしてそんなことを知ってるんですか?」
「所轄の生安課に居た頃に、先輩刑事から色々教わったもんの一つなんだよ」
さやかは少し恥じいるように頷く。
「まあそうですね……」
徹が言う。
「志摩さん。あなたは被害者とはどのようなご関係ですか?」
「……その前に、私が昔そんな仕事をしていたということは内密にお願いしたいんです。家族は誰も知りませんから」
「確約は出来ませんが、出来うる限り事実は伏せます」
「……私は佳子の同僚でした」
そこに真誉が姿を見せ、先程朝香が見ていたファイルをテーブルに置いた。
徹はファイルをパラパラと捲りつつ、真誉を見る。
「なるほど。踏み込んだことをお聞きしますが、どのような名前で働かれていましたか?」「そ、そんなことまで聞くんですか」
さやかは驚きに目を瞠った。
「こちらには当時の従業員名簿もあると思うので、それと突き合わせたいんです」
彼女にとっては予想外な申し出ではあったが、席を立たなかった。膝に置いた鞄の柄をぎゅっと握りながら答えてくれる。
「……美保子です」
「漢字は?」
「美しさを保つ、子どもの子、です」
徹はその場でメモしてから、「ではどのような情報をお持ちですか?」と話を進める。
「実は彼女、とある客に付きまとわれていたんです」
徹はパラパラとファイルを捲る。
「そのような証言はないようですが……」
「当時は、その……厄介事には巻き込まれたくないと思っていましたので……話しませんでした……」
「店側も特にそのような証言をしていませんね」
「当時は客の一人という認識で。うちの店ではそういう人間は日常茶飯事でしたし……。店側も人気のある証拠と、直接傷つけるようなことがない限り取り合わなかったんです」
朝香は口を開く。
「その客の名前は分かりますか?」
「坂本清という男です」
徹は顔を顰めた。
「どうしてそんなことを今頃……」
「――これです」
徹は新聞の切り抜きをテーブルに見せた。
「数日前の新聞で見つけましたんです」
町工場の名物社長、坂本清さん(52)、若者との交流を語る――というタイトルと、取材を受けた時の男性の白黒写真のついた小さな記事だ。
「間違いなく、この男です。確かに年月は経っています。でも、このこめかみの傷痕と、このいやらしい小さな目は覚えています」
徹はさやかを見る。
「その客の相手はしたことはあるんですか?」
「……はい。何度か」
「事件後はどうですか。事件後も店に?」
「……それは分かりません。事件があって間もなく店を辞めたので。……怖かったんです。佳子を殺したのがあの男かもしれないと思っていたので」
朝香は下唇を噛んだ。
「お辛かったでしょう」
さやかはハンカチで口元を覆い、目を伏せる。
「あれから警察には何度も言うべきだと悩みました。でも私も家庭がありましたし、過去のことは誰も知りません……。でもこの新聞記事を見て……許せないと思って。こんな変態が堂々と佳子のような若い人と交流するなんて、吐き気が……」
徹は頷く。
「分かりました。調べてみます。何か分かりましたら、またご連絡を差し上げます」
「刑事さんっ。この変態を絶対に捕まえて下さい。お願いします!」
さやかは頭を下げると部屋を出て行く。
徹は朝香を見る。
「この事件、知ってたのか?」
「呼ばれるまで倉庫でこの資料にたまたま目を通していたもので」
「運命かもな」
部屋を出た徹と朝香は、課長にさやかから聞いたことを告げると、愛一郎はゆっくりと口を開いた。
「吉良君。どう見ますか?」
「調べる価値はあるかと」
愛一郎は朝香にも意見を求める。
「法条君は?」
「ご自身の昔の職業のことまで明かしたほどですから。確信を持たなければ、わざわざ警察にやってくることはないかと」
「分かりました。二人とも。ひとまず坂本さんに話しを聞いてきて下さい」
「分かりました」
徹と朝香は頷いた。