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文字数 2,997文字
翌日。朝香たちは府中刑務所を再び訪れ、志村均 と面会をする。
例によって刑務官の配慮で、容疑者と三人きりにしてもらえている。
前回のことがあるせいか、均は朝香に対してビクビクしていた。
「犯人は見つかった? やっぱ五木さんが――」
真誉は均の言葉を遮る。
「志村さん。あなた、嘘をつきましたね」
均は眉を顰めた。
「嘘? まさか。俺は刑事さんたちに真摯に対応しましたよ?」
「あなたと伊達さんが、キャバクラの店内で揉めていたという証言があったんです」
均はヘラヘラしながらかぶりを振る。
「まさか。そんなはずないですよ。俺と伊達はビジネスパートナーとしてうまくやってたんですから」
「もしあなたが本当に便宜を受けたいんだったら、正直に……」
均は鼻で笑う。
「だったら、その便宜って奴を先に受けさせる確約書をくれなくちゃ。それを見たら、もしかしたら何か思い出せるかも……」
「話して頂くのが先です」
「そうは行かないのよ。前回は結局、タダ働きだったんですから」
そこに朝香が割り込み、自分と均とを隔てる分厚いアクリル板に顔が密着するような勢いで、身を乗り出した。
「――あんた、とんでもない奴ね」
均は、媚びを売るような笑みを覗かせた。
「まさか……俺はただ協力したい一心で……」
「だったら一体何を揉めていたのか話して。何も話さないんじゃ便宜だって計りようがない」
「刑事さん。こういうのはギブアンドで行く……。あ! チュー、でもいいかなぁ」
均は分厚いアクリル板ごしの朝香にキスでもするように唇を尖らせ、顔を近づけてくる。
バン!朝香は手の平を思いっきり叩きつけた。
「ふざけるんじゃないわよっ」
均は白い歯を見せ、嘲るように言う。
「俺がそんなんで、びびるとでも?」
その軽薄な笑みを見た瞬間。朝香の中で眩映の気配が濃厚になり、やがて頭の中で白い火花を散らした。
そこは路地。清直が自分の背の半分ほどしかないような均と、向かい合っている。
さすがは組員と言うべきか。
均は清直の威圧感を前にしても一切動じること無く、軽薄な笑みを浮かべて怯まない。
清直は、今し方朝香にぶつけた言葉のように嘲る。
――ふざけるなよ。俺との仕事を辞める? 辞めてどうなる? お前一人で稼げるのか? 土木工事でもやろうって言うのかっ!?
清直は目を反らす。
――あんな仕事だと知ってたら手伝わなかった……。
――何が不満なんだ! もっと取り分を寄越せってってことか?
――違う。使ってる子たちのことを言ってるんだ。女子高生か、あいつら。どうなってるんだ。
均は理解出来ないと困惑する。
――何を怒ってるんだ? 若くなきゃ誰が釣れるんだよ。しっかりしろ。
清直は搾り出すように言う。
――……彼女たちを見てると、美和を思い出すんだよ。
――美和?
――俺の娘だ。
――お前、娘なんていたのかよ。ヘヘ。なら、こうしようぜ。娘も誘って……
――ふざけたことを言うなっ!
直は均の胸ぐらを掴みかければ、均はびっくりして頭を庇う。しかしぎりぎりの所で、清直は踏みとどまった。
均は媚びるような上目遣いで、清直を見る。
――何怒ってるんだ。ただの冗談だろ?
――冗談で済むかっ。
――お前……最近おかしいぞ。
――お前が使ってる女たちの親は何をしてるんだ。娘を心配して連絡をかけたり、押しかけたりしてこないのか。
均は失笑する。
――向こうもただの小遣い稼ぎなんだよ。親なんざ、どーせ感心を払っちゃいねえさ。
直は呟く。
――……やっぱり、そうなんだな。子どもを育てるのは一人じゃ無理だ。
――は?
均は聞き返すが、元より清直は均に言った訳ではなく、均を無視して踵を返す。
清直の頭の中は、焦燥感で一杯だった。
朝香は、意識を取り戻す。
目の前の均の唖然とした表情が一番最初に、視界に飛び込んできた。
突然、ぼーっとした朝香を、真誉が心配げに見る。
朝香は大丈夫と知らせるように頷いて見せ、それから改めて均に向かった。
「やっぱり伊達清直さんと言い争ってたわね」
「だからさぁ」
「伊達さんはあんたとやっていた美人局に、もう付き合えないって言ったのよね」
嘲りの色が消え、均は顔色を変えた。
「ど、どうしてそのことを……」
朝香は鼻で笑う。
「あんた、分かりやすいわね。それでよく詐欺師なんてやってこられたわね」
均はよほど驚いたのだろう。今さら無表情を装うが、遅い。
朝香はさらに言う。
「そこであんたは伊達さんに娘がいることを知った。そしてこうも言った。娘も加わらせたらどうだと。……あの場では冗談で言ったみたいだけど、本気だったんじゃない? そして障害になりそうな伊達さんを殺して、娘さんを……」
均は慌てる。
「ば、バカ言わないで下さいよ! 俺は確かに詐欺師だけど人殺しなんて……。第一、あいつが抜けたからって困ることもないし、娘がどこにいるのかだって知らないっ!」
「言い争いになったのはいつの頃?」
均は観念したように真面目に答える。
「……あいつが殺される一週間くらい前かな……」
朝香はオーバーに溜息をついてみせる。
「ま、どこまであんたの証言が正しいか、分からないけどね」
「本当のことですってば!」
真誉が言う。
「それなら協力して下さい。他に伊達さんと揉めていた人間を知りませんか?」
しばらく考える間を置いたかと思えば、均は小指を突き出す。
「俺は知りませんけど、あいつにホれてた奴に聞いて下さいよ。女の方があいつには詳しいと思いますからっ」
朝香は眉を顰めた。
「誰のこと?」
「キャバ嬢ですよ」
ヤクザという人種はどれだけキャバクラに通っているのか――朝香はウンザリしてしまう。
「どこの店のなんて子?」
「ドリームガールって店の、薫って子。伊達にコクって見事に撃沈。女の恨みは怖いからねぇ。特にキャバ嬢は一度ホれたらどこまでもって子も多いし、フられたのが悔しくって殺したんじゃないんですかねえ」
真誉は反論する。
「私はそうは思いません。そんなフられて人を殺すなんて……」
「そりゃあ、お嬢ちゃんくらい可愛いけりゃ、男は二つ返事で――」
朝香は大きく咳払いしてみせると、均は「す、すいません……」とうな垂れた。
「これ以上、あんたが嘘をついていないとこっちは助かるわ」
朝香が告げると、均は縋るような目をする。
「大丈夫ですってばっ! それで便宜の件はっ!?」
朝香は、均の訴えを無視してしまう。
「もう一つ聞きたいんだけど、死ぬ前の伊達さんが何か思い悩んでいたらしいんだけど知らない?」
「悩んで……? あぁ、確かに。なんかやたらと深刻そうな顔してて、ただでさえ一匹狼気質だったのが、俺とやってた仕事から離れてますます暗くっていうか……他人を寄せ付けなくなったような」
「……そう」
勇作と同じことを言っている。つまり本当に何か悩みがあったのだ。
「へへ」
耳障りな笑い声に、朝香は均を睨んだ。
「何よ、今の笑い」
「俺、強く言われるの、嫌いじゃ無いかもしれません」
朝香は呆れ果てたと蔑みの眼差しで均を一瞥し、真誉を促してその場を後にした。
例によって刑務官の配慮で、容疑者と三人きりにしてもらえている。
前回のことがあるせいか、均は朝香に対してビクビクしていた。
「犯人は見つかった? やっぱ五木さんが――」
真誉は均の言葉を遮る。
「志村さん。あなた、嘘をつきましたね」
均は眉を顰めた。
「嘘? まさか。俺は刑事さんたちに真摯に対応しましたよ?」
「あなたと伊達さんが、キャバクラの店内で揉めていたという証言があったんです」
均はヘラヘラしながらかぶりを振る。
「まさか。そんなはずないですよ。俺と伊達はビジネスパートナーとしてうまくやってたんですから」
「もしあなたが本当に便宜を受けたいんだったら、正直に……」
均は鼻で笑う。
「だったら、その便宜って奴を先に受けさせる確約書をくれなくちゃ。それを見たら、もしかしたら何か思い出せるかも……」
「話して頂くのが先です」
「そうは行かないのよ。前回は結局、タダ働きだったんですから」
そこに朝香が割り込み、自分と均とを隔てる分厚いアクリル板に顔が密着するような勢いで、身を乗り出した。
「――あんた、とんでもない奴ね」
均は、媚びを売るような笑みを覗かせた。
「まさか……俺はただ協力したい一心で……」
「だったら一体何を揉めていたのか話して。何も話さないんじゃ便宜だって計りようがない」
「刑事さん。こういうのはギブアンドで行く……。あ! チュー、でもいいかなぁ」
均は分厚いアクリル板ごしの朝香にキスでもするように唇を尖らせ、顔を近づけてくる。
バン!朝香は手の平を思いっきり叩きつけた。
「ふざけるんじゃないわよっ」
均は白い歯を見せ、嘲るように言う。
「俺がそんなんで、びびるとでも?」
その軽薄な笑みを見た瞬間。朝香の中で眩映の気配が濃厚になり、やがて頭の中で白い火花を散らした。
そこは路地。清直が自分の背の半分ほどしかないような均と、向かい合っている。
さすがは組員と言うべきか。
均は清直の威圧感を前にしても一切動じること無く、軽薄な笑みを浮かべて怯まない。
清直は、今し方朝香にぶつけた言葉のように嘲る。
――ふざけるなよ。俺との仕事を辞める? 辞めてどうなる? お前一人で稼げるのか? 土木工事でもやろうって言うのかっ!?
清直は目を反らす。
――あんな仕事だと知ってたら手伝わなかった……。
――何が不満なんだ! もっと取り分を寄越せってってことか?
――違う。使ってる子たちのことを言ってるんだ。女子高生か、あいつら。どうなってるんだ。
均は理解出来ないと困惑する。
――何を怒ってるんだ? 若くなきゃ誰が釣れるんだよ。しっかりしろ。
清直は搾り出すように言う。
――……彼女たちを見てると、美和を思い出すんだよ。
――美和?
――俺の娘だ。
――お前、娘なんていたのかよ。ヘヘ。なら、こうしようぜ。娘も誘って……
――ふざけたことを言うなっ!
直は均の胸ぐらを掴みかければ、均はびっくりして頭を庇う。しかしぎりぎりの所で、清直は踏みとどまった。
均は媚びるような上目遣いで、清直を見る。
――何怒ってるんだ。ただの冗談だろ?
――冗談で済むかっ。
――お前……最近おかしいぞ。
――お前が使ってる女たちの親は何をしてるんだ。娘を心配して連絡をかけたり、押しかけたりしてこないのか。
均は失笑する。
――向こうもただの小遣い稼ぎなんだよ。親なんざ、どーせ感心を払っちゃいねえさ。
直は呟く。
――……やっぱり、そうなんだな。子どもを育てるのは一人じゃ無理だ。
――は?
均は聞き返すが、元より清直は均に言った訳ではなく、均を無視して踵を返す。
清直の頭の中は、焦燥感で一杯だった。
朝香は、意識を取り戻す。
目の前の均の唖然とした表情が一番最初に、視界に飛び込んできた。
突然、ぼーっとした朝香を、真誉が心配げに見る。
朝香は大丈夫と知らせるように頷いて見せ、それから改めて均に向かった。
「やっぱり伊達清直さんと言い争ってたわね」
「だからさぁ」
「伊達さんはあんたとやっていた美人局に、もう付き合えないって言ったのよね」
嘲りの色が消え、均は顔色を変えた。
「ど、どうしてそのことを……」
朝香は鼻で笑う。
「あんた、分かりやすいわね。それでよく詐欺師なんてやってこられたわね」
均はよほど驚いたのだろう。今さら無表情を装うが、遅い。
朝香はさらに言う。
「そこであんたは伊達さんに娘がいることを知った。そしてこうも言った。娘も加わらせたらどうだと。……あの場では冗談で言ったみたいだけど、本気だったんじゃない? そして障害になりそうな伊達さんを殺して、娘さんを……」
均は慌てる。
「ば、バカ言わないで下さいよ! 俺は確かに詐欺師だけど人殺しなんて……。第一、あいつが抜けたからって困ることもないし、娘がどこにいるのかだって知らないっ!」
「言い争いになったのはいつの頃?」
均は観念したように真面目に答える。
「……あいつが殺される一週間くらい前かな……」
朝香はオーバーに溜息をついてみせる。
「ま、どこまであんたの証言が正しいか、分からないけどね」
「本当のことですってば!」
真誉が言う。
「それなら協力して下さい。他に伊達さんと揉めていた人間を知りませんか?」
しばらく考える間を置いたかと思えば、均は小指を突き出す。
「俺は知りませんけど、あいつにホれてた奴に聞いて下さいよ。女の方があいつには詳しいと思いますからっ」
朝香は眉を顰めた。
「誰のこと?」
「キャバ嬢ですよ」
ヤクザという人種はどれだけキャバクラに通っているのか――朝香はウンザリしてしまう。
「どこの店のなんて子?」
「ドリームガールって店の、薫って子。伊達にコクって見事に撃沈。女の恨みは怖いからねぇ。特にキャバ嬢は一度ホれたらどこまでもって子も多いし、フられたのが悔しくって殺したんじゃないんですかねえ」
真誉は反論する。
「私はそうは思いません。そんなフられて人を殺すなんて……」
「そりゃあ、お嬢ちゃんくらい可愛いけりゃ、男は二つ返事で――」
朝香は大きく咳払いしてみせると、均は「す、すいません……」とうな垂れた。
「これ以上、あんたが嘘をついていないとこっちは助かるわ」
朝香が告げると、均は縋るような目をする。
「大丈夫ですってばっ! それで便宜の件はっ!?」
朝香は、均の訴えを無視してしまう。
「もう一つ聞きたいんだけど、死ぬ前の伊達さんが何か思い悩んでいたらしいんだけど知らない?」
「悩んで……? あぁ、確かに。なんかやたらと深刻そうな顔してて、ただでさえ一匹狼気質だったのが、俺とやってた仕事から離れてますます暗くっていうか……他人を寄せ付けなくなったような」
「……そう」
勇作と同じことを言っている。つまり本当に何か悩みがあったのだ。
「へへ」
耳障りな笑い声に、朝香は均を睨んだ。
「何よ、今の笑い」
「俺、強く言われるの、嫌いじゃ無いかもしれません」
朝香は呆れ果てたと蔑みの眼差しで均を一瞥し、真誉を促してその場を後にした。