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文字数 2,016文字
東都美大のサークル棟。一階の片隅の一室。そこに掲げられた『映画研究会』という色の褪せたプレートを一瞥し、朝香はノックをする。
扉が開けられれば、ポロシャツにジーンズ姿の青年が顔を出す。
「はい。どちら様ですか?」
「警察の者です。清野竜治さんは?」
朝香たちは警察バッジを見せる。
「あ、俺です。お待ちしてました。どうぞ、入って下さい」
十畳ほどの室内に椅子とテーブル。テーブル、スチールラック。他にもDVDプレーヤーとおそらくビデオデッキ、二十型の液晶テレビなどが置かれている。
壁には映画のポスターが額に入れられ、飾られていた。
その中には朝香の知っている往年の名作映画もある。
徹がポスターを眺める。
「なぁ、この映画のポスターって高いのか?」
竜治はかぶりを振る。
「いいえ。そこにあるのは千円前後ですよ。まあ値段じゃないですからね。古いポスターって味があるでしょう?」
「味ねえ。古いっていうのしか分からないけどな」
「ここにある風と共に去りぬのポスターは千円前後ですけど、ビンテージポスターとなるとオークションサイトなんかで数十万で取引されたりするんですよ」
「まじかよ……」
「需要と供給って奴ですよ」
席に座ると、徹は口を開く。
「あの8ミリだけど、君が見つけたのか?」
「はい。年末の大掃除の際に発掘したのをメンバーで見てて、その一本です。一目見た瞬間に心を奪われるって感じで……。それから先輩や先生にも聞いて回ったんですが、知っている人がいなくって。芸能人かとも思ったんですけど、見つからなかったんです」
「それで探偵に?」
「はい。実は来年の学園祭の出し物にしようかなって。『八十年代の謎の美人女優の正体を追った!』って」
徹は笑う。
「確かに面白そうだ」
「でしょう? だから、みんなでお金を出し合って……」
「先輩のラインを辿っても分からなかったのか?」
「八十年代の話ですし、うちのサークルは、縦の繋がりが特別強いって訳でもないんですよ。ただの趣味人の集まりなんで」
「そこまで熱中する何てね。俺も見たけど、ただ女がクルクル回ってるだけ……」
「ええっ!」
朝香と竜治がほぼ同時に出した声に、徹はびくっと肩を震わせた。
「な、何なんだよ、お前ら」
朝香は信じられないと徹を見る。
「本気ですか。吉良さん。あれを見て、何も感じなかったんですか」
竜治も朝香にのっかり、声を上げる。
「雪の精の如き美しさを微塵も感じなかった!? 正気ですかっ!?」
「だって白黒だったし……」
熱意に圧倒された徹がぼやけば、竜治が前のめりになる。
「だから何なんですか。色がついてないとあなたは何も感じられないんですか? 色がなく、音もない。だからこそ純粋な美しさが出るとは思われないんですか!」
「だああああああ! うるせええ! それ以上、近づくなら公妨(公務執行妨害)で逮捕 るぞ!?」
竜治ははっと我に返り、縮こまる。
「す、すいません……昂奮してしまいまして」
「ったく」
朝香は肩をすくめる。
「ひとまず先輩が芸術に疎いってことだけは、分かりました」
「お前が、芸術に詳しいようなスタンスを気取るなっての」
「むふふー」
「何だよ、気持ち悪い笑い方しやがって」
「これからは芸術の分かる女刑事って呼んで下さいね」
「呼ぶか」
と、視線に気付いた朝香が竜治を見れば、「お二人とも、仲……よろしいんですね」と言われる。
徹が凄んだ。
「あっ?」
「ひ! ご、ごめんなさい!」
朝香が、やんわりと宥める。
「警察官が守るべき一般市民の方を威嚇してどうするんですか」
徹は溜息混じりに言う。
「お前が何か聞きゃ良いだろうが」
朝香は微笑んだ。
「いじけちゃって……。――清野さん。こちらのサークルの名簿は残ってないんですか」
「直近五年くらいのはあるんですが、八十年代っていうのはさすがに」
「それもそうですよね。また何か分かりましたらご連絡を」
朝香が名刺を渡して立ち上がろうとすれば、竜治に呼び止められる。
「待って下さい!」
「何か?」
朝香が振り返ると、
「よ、よろしかったら一度、あなたで短編映画を撮らせて下さいませんかっ!」
「え……。わ、私ですか」
「はい! お姉さんみたいな美人刑事さんとなんてもう二度と会えないかもしれませんし!」
「び、美人? そう……うーん。ちょっとくらいなら……」
「本当ですか!?」
そこに徹が割り込んでくる。
「よくあるか」
「え……でも」
竜治が口をモゴモゴさせる。
「何だ?」
徹が腕組みをして、竜治を見下ろす。竜治は「いえ……」と俯いてしまう。
徹は朝香に顎をしゃくる。
「おら。法条、バカ言ってないで行くぞ」
「ちょっとノッてみただけですってば」
「行くぞ」
徹に背を押され、朝香は部屋を出ざるを得なかった。
扉が開けられれば、ポロシャツにジーンズ姿の青年が顔を出す。
「はい。どちら様ですか?」
「警察の者です。清野竜治さんは?」
朝香たちは警察バッジを見せる。
「あ、俺です。お待ちしてました。どうぞ、入って下さい」
十畳ほどの室内に椅子とテーブル。テーブル、スチールラック。他にもDVDプレーヤーとおそらくビデオデッキ、二十型の液晶テレビなどが置かれている。
壁には映画のポスターが額に入れられ、飾られていた。
その中には朝香の知っている往年の名作映画もある。
徹がポスターを眺める。
「なぁ、この映画のポスターって高いのか?」
竜治はかぶりを振る。
「いいえ。そこにあるのは千円前後ですよ。まあ値段じゃないですからね。古いポスターって味があるでしょう?」
「味ねえ。古いっていうのしか分からないけどな」
「ここにある風と共に去りぬのポスターは千円前後ですけど、ビンテージポスターとなるとオークションサイトなんかで数十万で取引されたりするんですよ」
「まじかよ……」
「需要と供給って奴ですよ」
席に座ると、徹は口を開く。
「あの8ミリだけど、君が見つけたのか?」
「はい。年末の大掃除の際に発掘したのをメンバーで見てて、その一本です。一目見た瞬間に心を奪われるって感じで……。それから先輩や先生にも聞いて回ったんですが、知っている人がいなくって。芸能人かとも思ったんですけど、見つからなかったんです」
「それで探偵に?」
「はい。実は来年の学園祭の出し物にしようかなって。『八十年代の謎の美人女優の正体を追った!』って」
徹は笑う。
「確かに面白そうだ」
「でしょう? だから、みんなでお金を出し合って……」
「先輩のラインを辿っても分からなかったのか?」
「八十年代の話ですし、うちのサークルは、縦の繋がりが特別強いって訳でもないんですよ。ただの趣味人の集まりなんで」
「そこまで熱中する何てね。俺も見たけど、ただ女がクルクル回ってるだけ……」
「ええっ!」
朝香と竜治がほぼ同時に出した声に、徹はびくっと肩を震わせた。
「な、何なんだよ、お前ら」
朝香は信じられないと徹を見る。
「本気ですか。吉良さん。あれを見て、何も感じなかったんですか」
竜治も朝香にのっかり、声を上げる。
「雪の精の如き美しさを微塵も感じなかった!? 正気ですかっ!?」
「だって白黒だったし……」
熱意に圧倒された徹がぼやけば、竜治が前のめりになる。
「だから何なんですか。色がついてないとあなたは何も感じられないんですか? 色がなく、音もない。だからこそ純粋な美しさが出るとは思われないんですか!」
「だああああああ! うるせええ! それ以上、近づくなら公妨(公務執行妨害)で
竜治ははっと我に返り、縮こまる。
「す、すいません……昂奮してしまいまして」
「ったく」
朝香は肩をすくめる。
「ひとまず先輩が芸術に疎いってことだけは、分かりました」
「お前が、芸術に詳しいようなスタンスを気取るなっての」
「むふふー」
「何だよ、気持ち悪い笑い方しやがって」
「これからは芸術の分かる女刑事って呼んで下さいね」
「呼ぶか」
と、視線に気付いた朝香が竜治を見れば、「お二人とも、仲……よろしいんですね」と言われる。
徹が凄んだ。
「あっ?」
「ひ! ご、ごめんなさい!」
朝香が、やんわりと宥める。
「警察官が守るべき一般市民の方を威嚇してどうするんですか」
徹は溜息混じりに言う。
「お前が何か聞きゃ良いだろうが」
朝香は微笑んだ。
「いじけちゃって……。――清野さん。こちらのサークルの名簿は残ってないんですか」
「直近五年くらいのはあるんですが、八十年代っていうのはさすがに」
「それもそうですよね。また何か分かりましたらご連絡を」
朝香が名刺を渡して立ち上がろうとすれば、竜治に呼び止められる。
「待って下さい!」
「何か?」
朝香が振り返ると、
「よ、よろしかったら一度、あなたで短編映画を撮らせて下さいませんかっ!」
「え……。わ、私ですか」
「はい! お姉さんみたいな美人刑事さんとなんてもう二度と会えないかもしれませんし!」
「び、美人? そう……うーん。ちょっとくらいなら……」
「本当ですか!?」
そこに徹が割り込んでくる。
「よくあるか」
「え……でも」
竜治が口をモゴモゴさせる。
「何だ?」
徹が腕組みをして、竜治を見下ろす。竜治は「いえ……」と俯いてしまう。
徹は朝香に顎をしゃくる。
「おら。法条、バカ言ってないで行くぞ」
「ちょっとノッてみただけですってば」
「行くぞ」
徹に背を押され、朝香は部屋を出ざるを得なかった。