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文字数 1,913文字

 優貴との面談の二日後。朝香は課の一室に呼び出した平山陽一と向かい合う。
 彼は不安げで落ち着かないようだった。
 朝香は言う。
「学校の職員や当時学生だった方々に聞きました。あなたは凄い剣幕で学校に乗り込んだそうですね」
 陽一は頬を強張らせた。
「あのせいで息子さんと揉めたんじゃありませんか?」
「何度も言うが、息子を殺すはずがないだろ!」
「でもあなたは乗り込んだ。そうですよね」
 陽一は掠れた息を漏らし、消え入らんばかりの声を漏らす。
「……それは否定しない。だが、殺すなんて……」
「息子さんはかなり反発したはずです」
「確かに……」
「あなた方は言い争いになって――」
「だから、殺してない! 本当だっ! それに私にはアリバイがある! それは確かめたんだろっ!?
 確かに夜、医師仲間と飲んでいた。しかし――。
「自殺扱いだったので、詳しく調べはされていなかったので、明確な死亡推定時刻は出てません。あなたは確かに明け方近くまで飲んでいた。でもそれは犯行をした後でも出来ます」
 朝香がじっと見つめると、陽一は力なくうな垂れた。
 朝香は溜息をついて立ち上がった。
「――あなたは息子さんから奪ってばかりですね。親なら、与えることも覚えるべきでは?」
 陽一は朝香をじっと見つめるが、無言のままだった。
 それでも朝香の頭の中には、眩映が生まれる。

 父親の陽一からじっと見つめられる。
 淳は苦しい想いを押さえながら、必死に声を上げる。
 ――お父さん。どうしてあんなことをしたの? 僕は……ジャズが好きなんだ。音楽を聞くのも、演奏するのだって!
 ――あの教師がお前をダメにする。お前は、私の言う通りにしていれば良い。
 ――嫌だ……
 ――親に逆らうのか!?
 ――だったら僕を閉じ込めれば良い! どこにも出さず! 見張ってろよ!
 ――それが親に物を言う態度か。その楽器も没収だ!
 ――やめて!
 奪われる前に淳はクラリネットを握りしめた。
 ――渡せ! これはお前を想って言っているんだ! それがどうして、分からない!!
 ――全部、自分の為のくせに嘘つくなよっ!
 淳は立ち上がるや、陽一の制止を振り切って、部屋を飛び出す。
 ――おい! 待て! 淳……っ!!
 淳は、クラリネットを胸に抱きながら走り続けた。

 光が収束する。朝香は立ち眩みを覚えて、壁に手を突いて身体を支える。
 唖然としている陽一を見た。いや、眩映の影響も相俟って、睨んでいたかも知れない。
「あなたはあの時、息子さんの話を、ちゃんと聞くべきでした。クラリネットを奪う前に……」
 驚きに陽一は目を見開く。
「ど、どうしてその事を……」
 そのことを知ってるのは自分と淳しかいないと分かっているからこそ、彼の驚きは深いだろう。
「あれは息子さんが亡くなる何日前ですか」
「……い、一週間くらい前のはず」
 陽一は目を伏せた。
「……あれから何度も思うんだ。どうしてあんなに厳しく、当たっていたのか。一体何を考えていたのか。自分の行動を悔やまない日はない。もっと別のやり方があったはずなのに。私は……愚かだ、と……」
 朝香は静かに告げる。
「――息子さんは強かったですよ」
「え?」
 陽一がもの問いたげな視線を寄越す。
「息子さんはあなたに自分が好きになった音楽を認めてもらいたくて、あなたに曲を聴かせるつもりだったんです。息子さんはあなたから逃げず、向かい会おうとした。あなたももっと息子さんを、信じるべきだったと思います」
 陽一は振り絞るように言う。
「思い出したことがある」
「何です?」
「息子が亡くなる何週間か前、妻に言われて息子と一緒に買い物に出たんです。その折り、あいつに会ったんだ」
「あいつ?」
「息子をいじめた奴だ」
「富川清正、ですか」
「そうだ。そいつは息子を見つけるや、近づいてこようとしたが、私が『息子に近づくな!』と声を荒げたら、そこで初めて私に気付いたように逃げて行ったよ。あいつは息子に対して恨みを持っていたんだ。あの時も……」
 俯く陽一に背を向け、朝香は取調室を出た。

 徹が追いかけてくると、無言でミネラルウォーターを渡してくれる。
「ありがとうございます」
 朝香はぐっと呷る。水が身体が染みていく。その感触を覚えると、淳と同調して熱くなっていた頭の中が多少は冷める。
 朝香は自分が見た眩映を伝えると、徹は吐き捨てる。
「……胸くそ悪いオヤジだ」
 同感だが、それでも犯人と決めつける訳にはいかない。今こそ、冷静でいなければならない。
「富川清正に、話を聞きましょう」
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