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文字数 2,013文字
翌朝。朝香たちは出勤してきた課長に、昨夜のことをかいつまんで話す。
朝香は言う。
「証言の信憑性は正直五分五分ですが、現場にクラリネットが落ちていたことを知っているというのは気になります。まあ当人はリコーダーと言っていましたけど……」
愛一郎は徹を見る。
「吉良君の見解はいかがですか?」
「あの男の言うことは話半分だとしても、当時の捜査は杜撰だと思います。飛び込みの勢いあまって後頭部を打ち付け、さらに水草に絡まって溺死の自殺……なんて」
愛一郎は頷く。
「分かりました。そういうことであれば早速捜査を開始して下さい」
朝香は真誉に微笑む。
「真誉のお陰。まさかあんなに早く調べてくれるなんて……」
「あれくらいどうってことないです! 情報検索ならお任せ下さい!」
真誉は微笑み、力こぶをつくる真似をして見せると、ファイルを渡してくれる。
「これ、捜査資料の中にあったんですが……」
ファイルを開くと、そこには“嘆願書”なる物が綴じられていた。
「これは?」
「実は事件に関して、これは自殺ではない事件として、捜査をして欲しいという依頼をしてきた方が。亡くなられた被害者の平山淳さんが通われていた学校の教師の恩田隆介さんです」
「ありがとう。当たってみる」
朝香たちは課を出た。
朝香たちは恩田隆介の下を訪れる前に、被害者の発見された杉並区内の公園に足を向けた。
平日の昼。芝を駆け回る保育園児たちの姿が印象的だ。
朝香はファイルを読み上げる。
「――被害者の平山淳は自殺の一年前に高校をイジメにより退学。その後、私立梶野学園高等学校に編入……。それからおおよそ一年後に……。両親は共に内科医」
「医者一家の一人っ子で、いじめで退学。で、次の学校で……か。自殺の線は薄くなったと言っても、こりゃ自殺の線を考えるのもあながち間違ってないかもな」
「でも退学した学校を考えると、成績は悪くなかったんじゃないですか?」
「私立の学校は親が金を積めば、破滅的な成績じゃない限り大丈夫なんじゃないか?」
「それは偏見じゃ無いですか?」
「そうか?」
「吉良さんは私立?」
「まあな」
「ふうん」
「何だよ、その目は……」
「吉良さんもガリ勉タイプをいじめそうだなぁって」
「あのな、これでも俺は生徒会長だったから」
「ええええ!?」
「驚き過ぎだろうが……」
「いやあ……その印象は全く無かったので」
「てか、そんなことはどうでも良いんだ。それより現場だ」
池は周りを背の低い柵に囲われている。一周十分くらいの池だ。この公園は傍にある善福寺川を引き込んでいる。
カモがゆったりと泳ぎ、カメがのんびり甲羅干ししている。
水面が陽光を跳ね返して、キラキラと輝いていた。
ここで事故が起きたことを忍ばせるのは、『転落注意』の控え目な立て看板くらい。
と、朝香はその看板の向こうにぼんやりと佇む、制服姿の少年に目を留めた。
平日の午前中に、詰め襟姿は目立った。
「……吉良さん。あそこに……」
「あそこ?」
「制服姿の」
「俺には見えない。――来たのか」
朝香はごくりと唾を飲み込み、首肯した。
「そうみたいです……」
少年がこちらを見るや、瞬きした次の瞬間に目の前に。
「っ」
身構えるまでもなく頭が真っ白な光に塗り潰される……。
照明は数えるほどしかない暗がりが、広がる。
静かに凪ぐ池の水面を見つめる視点。
今よりもずっと貧弱そうな手すりに寄りかかっている。
背後に人の気配があったが、淳は振り返らない。
気付いていないのでは無く、無視をしているのだ。
彼の胸の内は痛いほどに伝わってくる。
必死に恐怖を押し殺し、振り向くまいとしていた。
しかし次の瞬間、足下におかれていた縦長のケースを背後の人物に掴まれた。
淳は驚き、振り返ろうとする。
――何する……
しかしそれよりも先に向こうがおそらく凶器であるクラリネットを後頭部に叩きつける方が早かった。
痛みよりも衝撃、そして手足の痺れが語感を震わせれば、視界がぐるりと回った。
そして怪物の口のように真っ黒な池の水面に、頭から落ちた――。
「っ!」
飛び起きた朝香は何故かベンチで徹に膝枕されていた。
苦笑する徹と目が合う。
「起きたか?」
「き、吉良さん? え? 私……どうして……」
「言っておくけど、ここのベンチが狭いから仕方なくだぞ。俺の膝は高い」
朝香は恥ずかしさを誤魔化すようにそっぽを向く。
「……ありがとうございます。でも膝は筋肉でゴツゴツしてて全然ですけどね」
徹は笑う。
「我がまま言うな。――で、何が見えた?」
朝香は身体を起こすと、眩映の内容を伝えた。
「まだ情報が足りないか……。歩けそうか?」
「大丈夫です。――行きましょう。生徒想いの先生の元へ」
朝香達は公園を後にした。
朝香は言う。
「証言の信憑性は正直五分五分ですが、現場にクラリネットが落ちていたことを知っているというのは気になります。まあ当人はリコーダーと言っていましたけど……」
愛一郎は徹を見る。
「吉良君の見解はいかがですか?」
「あの男の言うことは話半分だとしても、当時の捜査は杜撰だと思います。飛び込みの勢いあまって後頭部を打ち付け、さらに水草に絡まって溺死の自殺……なんて」
愛一郎は頷く。
「分かりました。そういうことであれば早速捜査を開始して下さい」
朝香は真誉に微笑む。
「真誉のお陰。まさかあんなに早く調べてくれるなんて……」
「あれくらいどうってことないです! 情報検索ならお任せ下さい!」
真誉は微笑み、力こぶをつくる真似をして見せると、ファイルを渡してくれる。
「これ、捜査資料の中にあったんですが……」
ファイルを開くと、そこには“嘆願書”なる物が綴じられていた。
「これは?」
「実は事件に関して、これは自殺ではない事件として、捜査をして欲しいという依頼をしてきた方が。亡くなられた被害者の平山淳さんが通われていた学校の教師の恩田隆介さんです」
「ありがとう。当たってみる」
朝香たちは課を出た。
朝香たちは恩田隆介の下を訪れる前に、被害者の発見された杉並区内の公園に足を向けた。
平日の昼。芝を駆け回る保育園児たちの姿が印象的だ。
朝香はファイルを読み上げる。
「――被害者の平山淳は自殺の一年前に高校をイジメにより退学。その後、私立梶野学園高等学校に編入……。それからおおよそ一年後に……。両親は共に内科医」
「医者一家の一人っ子で、いじめで退学。で、次の学校で……か。自殺の線は薄くなったと言っても、こりゃ自殺の線を考えるのもあながち間違ってないかもな」
「でも退学した学校を考えると、成績は悪くなかったんじゃないですか?」
「私立の学校は親が金を積めば、破滅的な成績じゃない限り大丈夫なんじゃないか?」
「それは偏見じゃ無いですか?」
「そうか?」
「吉良さんは私立?」
「まあな」
「ふうん」
「何だよ、その目は……」
「吉良さんもガリ勉タイプをいじめそうだなぁって」
「あのな、これでも俺は生徒会長だったから」
「ええええ!?」
「驚き過ぎだろうが……」
「いやあ……その印象は全く無かったので」
「てか、そんなことはどうでも良いんだ。それより現場だ」
池は周りを背の低い柵に囲われている。一周十分くらいの池だ。この公園は傍にある善福寺川を引き込んでいる。
カモがゆったりと泳ぎ、カメがのんびり甲羅干ししている。
水面が陽光を跳ね返して、キラキラと輝いていた。
ここで事故が起きたことを忍ばせるのは、『転落注意』の控え目な立て看板くらい。
と、朝香はその看板の向こうにぼんやりと佇む、制服姿の少年に目を留めた。
平日の午前中に、詰め襟姿は目立った。
「……吉良さん。あそこに……」
「あそこ?」
「制服姿の」
「俺には見えない。――来たのか」
朝香はごくりと唾を飲み込み、首肯した。
「そうみたいです……」
少年がこちらを見るや、瞬きした次の瞬間に目の前に。
「っ」
身構えるまでもなく頭が真っ白な光に塗り潰される……。
照明は数えるほどしかない暗がりが、広がる。
静かに凪ぐ池の水面を見つめる視点。
今よりもずっと貧弱そうな手すりに寄りかかっている。
背後に人の気配があったが、淳は振り返らない。
気付いていないのでは無く、無視をしているのだ。
彼の胸の内は痛いほどに伝わってくる。
必死に恐怖を押し殺し、振り向くまいとしていた。
しかし次の瞬間、足下におかれていた縦長のケースを背後の人物に掴まれた。
淳は驚き、振り返ろうとする。
――何する……
しかしそれよりも先に向こうがおそらく凶器であるクラリネットを後頭部に叩きつける方が早かった。
痛みよりも衝撃、そして手足の痺れが語感を震わせれば、視界がぐるりと回った。
そして怪物の口のように真っ黒な池の水面に、頭から落ちた――。
「っ!」
飛び起きた朝香は何故かベンチで徹に膝枕されていた。
苦笑する徹と目が合う。
「起きたか?」
「き、吉良さん? え? 私……どうして……」
「言っておくけど、ここのベンチが狭いから仕方なくだぞ。俺の膝は高い」
朝香は恥ずかしさを誤魔化すようにそっぽを向く。
「……ありがとうございます。でも膝は筋肉でゴツゴツしてて全然ですけどね」
徹は笑う。
「我がまま言うな。――で、何が見えた?」
朝香は身体を起こすと、眩映の内容を伝えた。
「まだ情報が足りないか……。歩けそうか?」
「大丈夫です。――行きましょう。生徒想いの先生の元へ」
朝香達は公園を後にした。