6-1
文字数 1,850文字
1.
基地の構造は複雑だった。先導するカルナデルに続いて廊下を進み、リージェスはある曲がり角で、「ここで待ってろ」と言われる。
廊下は高いアーチ天井になっており、天井に届きそうなほど縦長の窓が並ぶ。どの窓も茜に染まっている。太陽の王国。いまや日没の王国だ。
「いいぜ。来いよ」
廊下を曲がった先には黒塗りの扉がある。カルナデルがそれを押し開けた。
部屋の中央を、向かい合わせに設置された長机が占めている。
上座で若い女が頬杖をついていた。
軍服ではなく、白い貫頭衣を身にまとっている。袖口から伸びる茶褐色の肌。髪は長い銀髪で、陽が当たる箇所はそのまま茜の色を映し、陰になる箇所はほのかに水色がかっている。仏頂面だが、端正な顔立ちだ。
「掛けるがよい」
女が言った。存外低く、貫録のある声だ。リージェスは、黒い、北方領の制服を着たままだ。それを気にしている。敬礼し、一番下座の席に掛けた。
「私はシルヴェリア・ダーシェルナキ、南西領総督の長子としてこの南西領防衛陸軍第一陸戦師団を預かっている。メリルクロウ少尉、此度の任務と長旅、ご苦労であった」
「はっ」
「今後の事だが、そなたには身体検査を受けてもらう。問題なければチェルナー上級大尉のもとに配属する。正式にリリクレスト嬢つき護衛としての辞令を受けるがよい」
シルヴェリアもまた、西方の貴人として、古風な話し方をする。
「……身体検査でありますか」
「そうだ。頭を打ったりしたのであろう。もう暫く経ってから急に体が動かぬ様になどなっては困るからな。そなたも酷い目に遭ったものだ」
「覚悟の内でございます」
「シンクルスは悔やんでいた」
シルヴェリアはため息をついた。
「レルノイ共の翻意を見抜けなかった事をだ。三人もの優秀な銃士を失ってしまった……しかし、リリクレスト嬢の担当をあやつらが引き当てなくてよかった。それだけは慰めであるな」
「……は」
リレーネの護衛役は籤で決めた。それを引き当てた時の、血の気が引く思いを覚えている。
シンクルスとやらは、リージェスの実戦経験の乏しさを口実に籤のやり直しを求めてきた。
この人物はこちらの素性調査などとっくに済ませていると、リージェスは察した。しかし引いた籤は手放さなかった。過去を乗り越えたつもりでいたからだ。シンクルスの言に従うことは、自分への裏切りであると感じた。それに、実戦経験が乏しいというのは事実だが、訓練の成績は常に優秀だった。訓練と実戦が違うことは重々承知している。それでも、リージェスにとって、リレーネの担当をおりる理由は何もなかった。
結局シンクルスは、平常心で任務を継続できないと思ったら直ちに隊長に申し出ることを条件に、要求を取り消した。
正直なところ、実際にリレーネを見て憎悪が燃え上がるのを感じた時、本当に自分が適任だったのか、自信は揺らいだ。それでも揺らいだ自信をどうこうする間もなく逃げ出し、追われ、ここまで辿り着いたのだ。
「この後だが」
シルヴェリアの声に目を上げる。彼女は頬杖をやめ、机の上で指を組んだ。
「ここサマリナリア基地から遠くない山中に、長らく放置されていた要塞がある。その要塞に南東領の軍勢がすでに到達している。我が南西領第一陸戦師団と同程度の兵力だ。連中が要塞を整備し親軍団がそれに到達するまでに、我々は連中を叩き潰しておかねばならん。その要塞は見晴らしがよく、攻めるに難く守るに易い。是非とも手に入れたい」
その後は、南西領の親軍団がその基地を占有するのだろう。勝てば。
「だが要塞の近くには、それと強固な協力関係がある中規模の神殿が存在する。ソレスタス神殿というのだが、これが、主要道路が集中する位置を占めている。この神殿も押さえておく必要がある」
ということは、神殿を叩けば要塞から、要塞を叩けば神殿から、逆襲に遭う。
神官たちは地球からもたらされた技術や産物を維持・保存するために存在する。技術の開放を求めて、あるいは奪おうとして巻き起こった争いは過去に数知れない。
戦となれば神官たちは神殿を守る兵となり、神官将は兵を率いる指揮官に、神殿は城塞になる。アースフィアの神官はただの文官でも武官でもない。アースフィアの歴史の長さだけ、戦争を知っている。決して侮れる相手ではない。
「して、ソレスタス神殿の二位神官将についてだが、これはリレーネの叔父だ。リゲル・ガムレド、そなたも存知であろう」