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文字数 8,162文字


 2.

 シンクルス・ライトアローは平均して二十歳程度で入学する神学校に、十一歳で入学した。王領の、最高学府と言われる神学校にである。幼少期から地元では神童と名高かった彼は、王領神学校においても優秀な学業成績を修めた。
 シンクルスは十三歳までに地球史、十四歳までに地球博物誌の全単位を取得し、十五歳で地球戦術史の博士課程に進む。そして、十六歳で放校処分となった。
 彼はその後南西領に渡り、十八歳で復学する。その時にはもう、アースフィアにおいてライトアローの姓を持つ人間は、彼一人となっていた。

 その日の遅い時間には、リレーネはシルヴェリアと、リージェスはシンクルスと、それぞれ顔を合わせた。
「そなたがリレーネか」
 シルヴェリアはリージェスの時と同じように、長机に頬杖をついてリレーネを待ち構えていた。その視線の圧力にリレーネは身を硬くしたが、シルヴェリアは何か気の抜けたような笑い方をして、肩の力を抜いた。
「毒気のない顔をしておるな。育ちのよさそうな娘じゃ」
 それだけだった。結局、シルヴェリアに抱いていた恐れは虚妄にすぎなかった。
 翌日には、リージェスが正式にリレーネ付きの護衛となった。
「君には闇に慣れる訓練をしてもらう」
 リレーネの目の前で、ユヴェンサはリージェスに言った。
「闇に?」
「間もなく王国は完全に夜となる。夜と、闇への恐怖に対する耐性をつけろ。この師団では五か月前から兵と士官の別なくその訓練を行っている。君にはそれに追いついてもらう」
 それ以来リージェスは元気がない。
 ユヴェンサに訊いたら、訓練成績が思わしくないからだろう、と答える。
「大丈夫さ。新しい環境と訓練に慣れていないだけだ」
 ユヴェンサはリレーネの肩に優しく手を置いて、腰を屈めた。
「彼は努力家だよ。それが一番だ。彼はきっと君のために最強の護衛になる」
 日々が過ぎる。
 一日の訓練が終わった後、リージェスはリレーネを探し、できるだけ長く共に時を過ごそうとする。ユヴェンサに言われたからそうするのか、と思ったが、一つ以前とは明らかに違うところがある。
 彼は会話をしようとしている。
 あれをどう思うか。これはどう思うか。それは料理の味であったり、この基地の過ごしやすさであったり、要はリレーネが居心地悪さを感じる要因はないか知りたがっているのだ。
 それを通じてリレーネの精神を知ろうとしている。
 単に護衛対象だからだろうか。知れば仕事をしやすくなるからか。それでも構わない。リレーネは訓練が終わる頃、ユヴェンサの特殊銃戦部隊、別名〈銃士隊〉の演習場の近くまで出向き、そこでリージェスを待つようになった。
 アースフィアの照明技術は、千年の昼の間にすっかり退化している。一般にアースフィア人が必要とする照明は、室隅や地下、半地下室を適度に照らしてくれる物であり、空そのものが暗くなることを想定して作られた照明という物はない。
 サマリナリア基地では、太陽光を蓄えた大量の天籃石を建屋の外壁に取り付ける事で、屋外を明るくしている。天籃石とて永久に光り続けるものではない。次それを太陽光にさらす機会はいつ訪れるか、誰にもわからない。
 顔を上げれば、紫色の空を背景に、天球儀が白く光って見える。太陽が照る地域から、光と熱を送ってくるのだ。
「寒くはないか」
 隣を歩くリージェスが尋ねた。
 基地の野外は人通りが少ない。兵士、尉官、佐官、みなそれぞれ休んでいる。軍属商人や料理人たちの車両が慌ただしく出入りする音が、どこかから聞こえてくる。
 そこかしこでヤマネコの紋様の旗が翻っている。南西領ダーシェルナキ家の家紋だ。
「ええ」
 訓練で疲れ切っているはずの、しかしそんな気配を見せようとはしないリージェスに、リレーネはできる限りの笑顔で答えた。
「……ならいい」
 いきなり後ろから肩に手を置かれた。短い驚愕の声を上げて振り向くと、見知った人が立っていた。小柄な女性である。
「アズレラさん!」
 彼女は一人だった。悪戯っぽく肩を竦め、
「あんた達、仲良くなったんじゃないの?」
 リージェスは無言で目をそらす。
「アズレラさん、何故ここにいらっしゃるの? 西方領のお宅はどうなさったの?」
「引き払って合流せよと指令があったのさ。神官将シンクルス・ライトアロー様からだ。あの方には会っただろ?」
「ええ、ええ」
 そういえば、アズレラとブレイズが自分たちを保護し得たのは、シンクルスの指示と仲間のバックアップがあったからだ。
「俺も会った。ブレイズはどうしてる?」
「一緒だよ。あんたも無事で良かった。心配してたんだよ」
 アズレラが、手に提げた小さな白い紙袋をリレーネに突き出した。
「これ、シンクルス様へのお手土産だ。届けてくれるかい?」
 反射的に受け取った。紙袋は軽い。
「じゃ、私は宿舎に戻るから」
 さっさと来た道を戻っていくアズレラを見送ったリレーネは、予期せぬ再会にぼうっとし、シンクルスの部屋を聞き忘れた事に思い至る。
 初めて会った時は、廊下をどう歩いて彼の部屋にたどり着いただろう。
 仕方なく、リレーネはリージェスと共に、自分の居室がある宿舎の別棟をさまよい歩く。大体この辺りだという所で、カルナデルとばったり出くわした。
「おう、何してんだこんな所で」
「クルスさんのお部屋を探しておりますの。ご存知かしら、ロックハート大尉」
「あいつの部屋なら行き過ぎだよ。こっちだ」
 カルナデルはリレーネとリージェスを見比べるように順に見てから、先導すべく先に立った。
「有難うございます。助かりますわ」
「オレの事はカルナデルでいい、リレーネ。そう呼んでも構わんな?」
「もちろんですわ」
「そりゃ助かるぜ。お嬢さん相手に堅苦しくすんのは気が引ける」
 軍人たちの宿舎は階級ごとに異なるが、正位神官将の地位というものが軍に置き換えてどの程度の地位に相当するのか、いまいちよくわからない。
 ともあれシンクルスの居室は、リレーネと同じ士官宿舎の別棟にあった。カルナデルが見覚えのある扉を素早く二度叩き、ドアノブを回す。
「おい、暇か」
 その部屋でシンクルスは、見た事のない女性軍人と電子小卓を囲んでいた。複雑に編みこんだピンクゴールドの髪が目を引く、小ぶりな顔と、大きな目の対比が印象的な女性だった。
 リレーネを見て、その女性軍人が立ち上がった。シンクルスも椅子を引いて立ち、親しげな笑顔をくれるが、女性軍人の顔つきは硬いままだ。
「何だ。邪魔したか?」
「いいや、カル、来てもらえて嬉しい。リレーネ、リージェス、如何した?」
「私、アズレラさんから頼まれまして、これを」
「そうか。届けに来てくれたのだな。礼を言うぞ」
 リレーネは委縮しながら紙袋を差し出した。シンクルスは歩み寄り、そっと紙袋を受け取ると、中の小箱を取り出した。それには有名な、西方領の茶葉の会社のロゴが印刷されていた。
 用は済んだのだから出て行った方がいいのだろうか、と考えている間に、カルナデルはさっさと部屋に入りこんで、当たり前のようにテーブルにつく。
「二人とも入るがよい。リアンセ、休憩にしよう。アズレラがジャスミン茶を持ってきてくれた」
「はい、シンクルス様」
 リアンセと呼ばれた若い軍人は、躊躇いがちにリレーネに視線をくれる。
「そちらの方が……」
「リレーネ・リリクレスト嬢、そして護衛銃士のリージェスだ」
 リアンセは金色の目をリレーネにさだめ、背筋を伸ばして敬礼した。
「お会いできて光栄です、リリクレスト嬢。私は南西領防衛陸軍第一陸戦師団、通信連隊隠密工作部隊所属、リアンセ・ホーリーバーチ、地位は中尉です」
 困惑して立ち尽くすリレーネに、シンクルスは初めて会った時と同じように、大きな法衣の袖を口にあててクスクスと笑った。
「リアンセ、リレーネはこうした場に慣れておらぬ。普通の少女として接して差し上げるがよい」
「そうしていただけると、嬉しいですわ」
 一つ頭を下げる。リアンセは不本意そうながら、敬礼をやめた。
 シンクルスが内線で秘書を呼ぶと、すぐに背筋を伸ばした若い軍人がやって来て、ジャスミン茶の缶を受け取ると出て行った。
「掛けるがよい。とっておきのチョコレートがある。リージェス、そなたは、甘いものはお好きか?」
「嫌いではない」
 シンクルスはガラス戸棚から、新しいチョコレートの缶を大切そうに次々と取り出す。所作の一つ一つから、自信と開放感に満ちた気が放たれているのを感じられる。それが、強烈で、しかし決して押し付けがましくないこの人の存在感となる。
「その――」
 テーブルに缶を置かれ、リージェスは、口ごもってから結局リレーネと同じ事を訊く。
「チョコレートが好きなのか?」
「どいつもこいつも同じ事言うんじゃねえよ」
「カル、そなたも好きであろう」
「おめぇ程じゃねえよ」
「リージェス!」
 呆れたような視線をチョコレートの缶に注いでいたリージェスは、目を上げ、傍らに立ったままのシンクルスを見上げた。
「俺には夢がある。いずれの日にか神殿に無事帰る事が叶ったら、俺の神殿に一流のショコラティエを招聘するのだ」
「そ、そうか」
「そして領地内にチョコレート工場を誘致する!」
「あなたは」
 いつの日か神殿に、領地に帰ったら。
 すなわちアースフィアに、太陽の王国に無事暮らせるようになったら。無事暮らせると保障されるようになったら。
 それはいつなのだろうと考えたら、心臓が冷たくなる。南東領の言語の塔から地球の宇宙船を呼び寄せ、それから? それからどうなって、それから、どうやって太陽の王国に帰ってこられる?
 何故彼は無邪気に未来を口に出せる?
 リージェスも同じ気持ちなのだろう。シンクルスの希望に満ちた視線を受け止めかねるように目をそらした。
「――あなたは何者なんだ?」
 秘書が、五人分の茶を持ってきた。茶を置いて出て行くと、シンクルスも座り、カップをそっと鼻に近づけて嬉しそうに言った。
「ああ、良い匂いだ」
「シンクルス、あなたは何者で……どういう地位なんだ?」
「先に申した通りだ。第一陸戦師団通信連隊隠密工作部隊指揮官、そして南西領ヨリスタルジェニカ〈灰の砂丘〉神殿の正位神官将。自己紹介に不足があったろうか」
「何故神官が軍に同行している?」
 この師団内でどういう地位であるか、という事だ。それはリレーネも知りたい。
「そして、あなたはこの戦略にどの程度関わっている? リレーネを」リージェスは遠慮するように口を止め、リレーネを見てから言い切った。「『鍵』を拉致する方策を打ち出したのも、あなたなのか?」
「『鍵』を南西領総督の支配下に置く方針を打ち出したのは、南西領守護神殿を統べるメルシニー・オレー神官大将だ」
 シンクルスは真顔になった。
「しかし、神官大将の命により『鍵』の中からリレーネを選び出したのはこの俺だ。年齢、健康面、地位、所在地、様々な要因から複数人を選び、その中の一人が、リレーネ、そなただ」
「私以外にも『鍵』がいるのね。どちらに、いらっしゃるの?」
「他の鍵の所在を明かすことはできぬ。すまぬな」
 少なくともここに、自分以外の『鍵』はいなさそうだ。
「俺がここにいるのは、リレーネ、そなたを保護するためだ。神官大将の命でもあるし、シルヴェリア様に同行するようにという総督閣下の要請もある。隠密工作部隊は総督閣下の許可のもと、そなたの身柄の確保と保護監督を最大の目的として設立された」
 総督閣下の要請。
 聞くほど、この人物の正体がわからなくなる。
 いずれにしても、シンクルスがこの師団にとって重要な人物であることには違いない。シルヴェリアの話によれば、第一陸戦師団の攻撃対象には南東領の神殿も含まれている。
 神殿を攻めるには神殿を知る人物が不可欠であるはずだ。
 そこには叔父がいる。
「隠密部隊の中枢は、俺が従卒として引き抜いて来た部下の神官たちだ。アズレラもそうだ」
「アズレラさんが、神官でしたの? ブレイズさんは?」
「彼はもともと電子戦部隊の所属だ。通信連隊電子戦闘大隊、リアンセももとはそこの所属だ。隠密部隊設立のために、ロアング中佐という人物が斯様に優れた人材を斡旋してくださった」
「勿体無いお言葉です」
 と、リアンセ。
「アズレラさんにもブレイズさんにも、私とてもお世話になりましたわ」
「あの二人はもとより西方領の出身であったから、出向いてもらうには丁度良かった。本来であれば護衛銃士達がそなたを連れて向かうはずだった途上が、あの町であったからな」
 そういえば、もともと銃士たちは七人いた。七人でぞろぞろと、北方領の軍服と、あの装甲車で西方領入りをしたとは思えないから、何か別の作戦があったのだろう。
 隠密部隊の規模は今のところ不明だ。しかし、ブレイズとアズレラの他にも、リレーネの護送に必要な人員は配置されていただろう。実際にレルノイ隊長も、「シンクルスの隠密はどこにいる」と手荒な手段で尋問した。あの時リレーネは恐怖のただ中にいたが、レルノイ隊長こそ怯えていたに違いない。
 そもそも凍り砂の都において、反逆者に転化しやすそうな銃士に目をつけ、リレーネを略取するよう唆したのは何者か。
 西方領のあの町で、武装したユヴェンサたちを市街に手引きしたのは誰か。
 レルノイ達の裏切りという不測の事態にも即座に対応し、リレーネをアズレラと合流させ得たのは、どうした力か。
 組織の力、それを束ねるシンクルスという神官に、リレーネは畏怖を抱く。
 結局、同じ問いに戻ってくる。この男は何者なのか?
 シンクルスは正確に答えているのに、わからない。
「リレーネ、そなたにはあまり良い思い出はなかろうが、西方領は良い所だ……良い所だった。今の統治体制は腐っているが」
「西方領に思い出がありますの? クルスさん」
「俺も西方領の生まれだ。王領の神学校に通い、南西領の神学校を卒業した」
「そこで地球の奇蹟や神殿の聖遺物を取り扱う術を学ばれたのですね。たくさんの聖遺物をご覧になったのでしょう?」
「奇蹟……聖遺物か。ああ。そうだ」
 アースフィアで言われる奇蹟には、『鍵』でもって宇宙港としての〈言語の塔〉を機能させる仕組みも含まれている。
「素敵ですわ。どのようなものを?」
「そうだな、一例をあげるなら地球の航空戦闘機を見た」
「へぇ」興味を示したのはカルナデル。「かっこいいんだろうな」
「何ですの、それは?」
「人が乗って空を飛ぶ、地球の兵器だ。今でも完璧に保持されている。飛ばすことも、技術の面では問題なかろう」
 しかし、アースフィアでは空を飛ぶ技術を持ったり、使うことは禁じられている。
 千年前に創造主たちがアースフィアを見捨てて去った時、多くの地球技術の産物をアースフィアに遺した。それらは聖遺物として保護され、人々の目から隠すべく、神殿が建てられた。
「勿体ねぇよな。何で持って帰らなかったんだ?」
「神界戦争の当時、既にアースフィアには天球儀があった。神界(ガイア)に――地球に持ち帰ろうにも、宇宙港までそれを持ち運ぶ術がなかったか、あってもそれ程までして持ち帰りたいほど魅力的な物ではなかったのであろうな」
 結局、それら遺物を保持するために必要とされた神官たちが独自の勢力を築きあげるまでに、時はかからなかった。
「アースフィアでは空を飛んだり、宇宙に出る事は叶わぬ。一応の理由は天球儀の保護だが……」
 遺物が存在せず、神殿も神官も必要なかったら、アースフィアはどのような世界になっていただろう。
「それだけではない。アースフィア人の心情における母なる地球(テラ・マーテル)の聖性の保護という側面もある」
 神官たちがいなければ、王や総督たちが全ての領土を取り仕切っていただろう。その権力は、現在のそれより遥かに強いに違いない。
 果たして、その体制を千年維持することができただろうか。
「くだらぬ事だ。そもそも聖性を保護する必要があるとは、どういう意味か……口にするのも野暮というものであろう」
「クルスさん、あなたは私たちが創造主を……地球に住まう方々を尊ぶ事を、くだらない事だと仰いますの?」
 リレーネは身を乗り出した。それは、地球への信仰体系を維持してきた神官の存在を否定する発言ではあるまいか。
「……リレーネ、俺たちが創造主と呼ぶ存在は、科学技術の制限をアースフィアに課した。科学技術が制限されるということは、それによって救われる人間が大幅に制限されるという事だ」
「それは、その時のアースフィア人が、私たちの祖先が、奇蹟としか言いようのない様々な技術を持つにはまだ野蛮で、精神の面で劣っていると判断されたからですわ」
「劣っていれば見殺しにされようとも、どのように扱おうとも許されるというのか、それが神か、リレーネ。それを粛々と受け入れるのがアースフィア人であると?」
 シンクルスは穏やかに問いかけるが、答えられるはずがない。
 地球人への信仰に違和感を抱いた事がないわけではない。しかし、深く考えた事もない。
 愚かだから考えなかったというつもりはない。
 創造主を尊ぶ事は小さい頃から当たり前の事だったし、誰もがそうしていた。それに毎日、信仰について考えるよりもするべき事があった。当たり前ではないか。
「地球人たちが恐れた事は、アースフィア人が増えすぎる事だ。数が多いという事は、それだけで脅威になる。地球人たちは増えすぎた人口を宇宙の網状都市に放出することで、様々な問題を解決した。だが同じ事を、被造物たるアースフィア人にはさせたくなかったのだ」
「……数が多いと、脅威だからかしら?」
「そうだ。だから地球人はこの辺境の星に俺たちの祖先を置き去りにする際、自分たちを宇宙まで追って来られぬよう仕組みを作った。アースフィアの住環境維持に欠かせない天球儀、太陽光を失えば崩壊するこの体」
 シンクルスは、まじまじと自分の白い手を見つめた。ゆったりした袖の中で、手首に通された細い腕環がぶつかりあい、音を立てる。
「そして地球人を神聖視し、それに劣っているがゆえ罰を与えられたという信仰」
 リレーネは空を見上げたくなる。蒼穹に描かれた地球(テラ・マーテル))の模様を探したい。唯一絶対の象徴としてそれを目に入れたい。アースフィア人の習性として。
 これまでそうして来た。何故否定するのか。そもそもアースフィアにおいて地球信仰を維持してきたのは、神官、他でもないシンクルスのような人々ではないか。
「神界戦争以前、地球人がアースフィアにおいて作り上げた王政も仕組みの一つだ。地球人に代わる絶対者として、地球人より全権を委任された王がある。そして地球人を神として権威付ける神官たちがあり、地球人の遺物を聖域の奥深くにおし隠している。こうした神秘主義、そして地球に比べて遥かに退化した統治体制は、アースフィアの千年間の現状維持に大いに役立った」
「では何故、あなたはそれを否定するような事を仰るの?」
「もはや現状維持に意味がないからだ。太陽の王国から離れぬ限り、生き残る術はない」
 リレーネは、そのために自分とこの男が出会ったのだと思い出す。
「地球人信仰は、神官……我が一族が代々為し得た事は、偽りの神話の維持だった。リレーネ、これは押し付けられ、必要もなく持たされた神話だ」
 反駁(はんばく)する気を失くしたのは、シンクルスの表情がどこかしら辛そうに見えたからだ。
「捨て去らねば生きられぬ。何故このような信仰を持たされたか? そうしなければ、この辺境の星でひっそりと生きる事を許されなかったからだ。地球人は自らの被造物を憎んでいた。被造物を統治できなかったからだ。地球人などもとより信仰にも崇拝にも値せぬ」


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