11-5

文字数 1,199文字


 3.

 戦火はどれほど遠いだろう。死はどれほど近いだろう。
 何の音もしない。誰も来ない。
 リレーネは浅いまどろみの中で、別れた人たちと会話をした。
 シンクルスがいた。カルナデルがいた。リアンセがいた。アイオラがいた。アウィンがいた。ヴァンがいた。ブレイズがいた。アズレラがいた。ユヴェンサがいた。シルヴェリアがいた。
 彼らと話している最中に、ふと悲しい事を思い出す。すると、彼らの姿は闇に閉ざされて見えなくなる。
 まどろみは浅いまま続いた。意識が覚醒を拒んでいるようだった。眠りに身を浮かべたまま、リレーネは薄く目を開いた。
 白い蝋燭の先端で、温かな橙色が揺れていた。
 蝋燭の花だわ。なんて優しい色なんでしょう。
 階段を下りてくる誰かの足音が聞こえた。
 リージェスさんだわ。朦朧とする意識でリレーネは考えた。リージェスさんに見せてあげなくては。蝋燭の花が咲いたわ。こんなに優しい花。ご覧になって。本当に美しいわ。
 リレーネは蝋燭の花を摘もうとし――指に火傷を負い、その痛みでまどろみが吹き飛んだ。椅子に座り、テーブルに伏せて眠っていたのだ。
 どれほど時が経ったのか、よくわからなかった。蝋燭はかなり短くなっている。足音を探した。何も見えない。蝋燭台を手に、リレーネは階段へと歩いた。
「リージェスさん?」
 誰もいない。階段を上り始める。
「リージェスさん」
 リージェスは、あれからどこに行ったのだろう。どうしているのだろう。
 もしも、彼まで死んだのなら……せめて遺品を拾いたい。その一心で、リレーネはさまよった。
 幾つもの扉を抜け、地上階に出た。
 スロープの先に四角く夜が見える。風に吹かれて蝋燭が消えた。気配を殺して壁に身を寄せ、外を覗くと、点々と宙に浮くうつし身たちが見えた。それは遥か夜空、天球儀の網目の向こうに吸いこまれてゆく。天籃石の向こうには、光を放って浮く、恐らく地球の戦艦があった。
 そばに兵士が倒れている。
 すがるように駆け寄って、それが人の姿を留めていないことに気付いた。
 その死は、細密な針金細工に似ていた。軍服から出た手が、頭部が、肌の色を失っている。手も頭もあるのに地面が透けて見えた。顔もない。肉も皮膚も髪もない。もはや血も内臓もない。黒い、すかすかした、穴だらけの、ただ人の形をしているだけの影になり、僅かに残ったこの実体も、もうすぐ消えるのだ。
 これが言語崩壊だった。これが言語生命体に与えられた死だった。
 どこに行っても、誰もがその有り様だった。
 リレーネは駆け回り、生者を探し、声を張りあげた。
 やがて、全ての希望が絶えて焼けた砂に膝をつく。
 天を仰いだ。
 アースフィア人の習性として、天球儀にすがった。
 うつし身たちを回収し終えた地球の戦艦が、アースフィアからゆっくりと遠ざかっていくところだった。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み