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文字数 2,497文字


 2.

 広大な宇宙港の果てには、雪をかぶる山々が並んでいる。山脈を背に管制塔が聳えていた。地上では、砂が焼け、戦車がもうもうと黒煙をあげ、脂っぽい風が吹いていた。
 その中を、黒く塗られた南西領の小型装甲車が走る。装甲車の中でリージェスが銃のバッテリーを換えるのを、リレーネはぼんやりと見ていた。彼はゴーグルを嵌めたままだ。通信機能は味方の歩兵部隊と合流した時点で復活させている。
 メッセージを受けたようで、リージェスが銃を点検する手を止める。唇を結んで彼だけに聞こえる声に意識を集中し、息をついた。
「何でしたの?」
「リレーネ、ヴァンもシンクルスも無事だ。管制塔で合流する」
 安堵の笑みが疲れた顔に広がる前に、リージェスが付け加えた。
「電子戦部隊のロアング中佐が戦死した」
 リレーネはロアング中佐と会話したことがない。顔は知っているし話に聞くことは多いが、それだけだ。ただ、シンクルスが彼について何かを話す時、どこか嬉しそうな表情をしていたことは覚えている。リレーネは口をつぐんだ。
「管制塔の主塔は大部分が陥落している。急ごう。電子制御室をリアンセ達がおさえてる」
「はい、リージェスさん」
 装甲車を降りると、主塔正面の入り口を守る兵士が素早く道を開けた。リージェスのゴーグルの内部には、通信連隊から送信されるもっとも安全な順路が投影されているはずだ。磨き上げられた床は純白の石で造られているように見えるが、継ぎ目がない。
 リージェスは迷いなく廊下を突き進み、エレベーターホールにたどり着いた。カプセル状のエレベーター内は、照明もないのに明るい。
「おお、リレーネではないか」
 エレベーターを降りたところで、どこか楽しげな声に呼ばれた。水色がかった銀髪を高く結い上げ、臙脂色の軍服の上にマントを羽織った褐色の肌の女、シルヴェリアである。
「電子制御室に行くのかえ」
「はい、シルヴェリア様」
「ふん。私は管制室に行くぞ。一緒に来い」
 主塔はほぼ全面的に制圧されていた。それにしてもシルヴェリアは大胆だった。先頭を切って階段を突き進み、途中で降伏し、武装解除されて捕らえられた敵兵の顔を見ると、
「管制室はこの上か」
 とわかりきった事を訊く。青ざめた顔で敵兵が頷くと、満足して凶悪な相で笑いまた歩き出すのだ。リレーネは、リージェスと兵士たちに守られてついて歩く。
 最上階にたどり着いた。四つ角の廊下の突き当たりに、つるりとした白い扉があった。
 その向こうが管制室だった。
 壁の三面がガラス窓になっており、窓を戦火が染めていた。部屋の半分ほどの面積を、スクリーンやデスクが占めている。恐らくはアースフィア人の職員が使っていたものだ。もう半分の空間には何もない。床に、設置されていた何かを床面ごと取り外したような形跡がある。地球人が、地球人のための装置を置いていたのだろう。それが何なのか、窓の外の戦火によってのみ照らされる部屋に立つリレーネにはわからない。
 数名の兵士が伝令のために走り去った。
「モーム大佐を筆頭とする通信連隊が、管制塔での戦闘停止を呼びかける放送を流しています」
 入れ替わりで戸口に現れたシンクルスが言った。
「同様の放送が南東領〈言語の塔〉全域において行われています。しかし南東領守護神殿、南東領陸軍の指揮系統が機能しない以上、戦闘行為を完全にやめさせることはできない」
 シルヴェリアは、ふん、と短く鼻を鳴らし、踵を返した。
「どこへ行かれるのです?」
「直接やめさせに行く。リレーネ、ここに残れ。シンクルスや、オレー大将の到着まで時間がかかる。船を呼び寄せられるかえ」
「やりましょう」
「間もなく船が来るとわかれば敵も戦意をなくすじゃろうて。行くぞ」
 最後の一言は護衛の兵たちに向けた言葉だった。
 シンクルスと共に、ヴァンも管制室に入ってきた。神官や兵士の数が欠けていることに、気付かぬわけにいかなかった。シンクルスの服が血で汚れている。彼は無言で一台のスクリーンの前に歩み寄り、操作パネルを指で叩いた。
 赤や緑の地球の文字が、紺色の画面を背景に現われては流れ去る。電力が来ていることを意外に思い、遅れて、部屋が暗い理由に思い当たった。遠くから狙い撃ちにされないためだ。
「リレーネ、これを」
 操作パネルに取り付けられた単眼鏡のような機械を覗くよう促され、何も起きないと思ったら、もうよいと言われた。
「ソレスタス神殿の地下から救助要請を発した者と同一人物である、と認証された。リレーネ、今度こそ戦列艦〈セト〉をアースフィアに呼び出してみせようぞ」
「できますの?」
「後方司令の指示を待たずに戦列艦を動かせる非常時の優先コードがある。南西領守護神殿を筆頭に、南西領の全ての頭脳と全ての知識を動員して割り出したコードだ。これがあっていれば……」
 祈りをこめた沈黙。
 シンクルスの指示通り、見慣れぬ文字が並ぶ操作パネルを指で押す。スクリーンに流れる文字の量が増え、リレーネは恐怖し立ち竦んだ。一行だけ画面に残った。
「『敵は言語生命体か』……と訊いている」
「どうすれば」
「地球人に対する言語生命体の反乱を想定したプログラムが、戦列艦〈セト〉とその艦載艦に残されている。間もなく天球儀のゲートが開くが、宇宙港より火器反応が消えなければ、言語生命体に対してのみ有効な攻撃が実行される恐れがある。言語子の働きを急激に活性化させ、人為的に言語崩壊を起こさせる兵器だ」
 それからまた、指示される順番通りに操作パネルを押した。
「武力介入は不要、戦闘は間もなく終息する、と答えた」
『事実そうなるでしょう』
 低い女性の声が部屋のどこかから聞こえた。
「モーム大佐。聞いていらしたのですか」
『無論です。予定では四十分後にオレー神官大将が管制塔に到着します。敵軍も指揮系統の混乱により戦意が低下している。これはもう終わった戦いです』
 リレーネは窓の外を見た。夜の中、燃えさかる火はあれど飛び交う火線は少なくなっていた。


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