7-4

文字数 2,331文字


 3.

 熾烈な白兵戦の末、ルクバ准将と将校たちは、革手錠で拘束された姿でレガリア山要塞の中庭に引きずり出された。
 その中にミカルド・アーチャーの姿もある。准将が怒りと屈辱で顔を歪め、歯を剥き出して南西領の将兵たちを睨んでいる間も、ミカルドは地に膝をつかされた姿勢のまま冷静に周囲を観察している。
 中庭を埋める人の群れが、左右にわかれた。死を覚悟する者、怯える者、全ての視線が中庭に現れた筋道の先に集まる。
 師団長シルヴェリアが、残忍なまでに恍惚とした笑みを宿して道の中央を歩いてくる。後ろには、太陽と月のように、護衛銃士ユヴェンサと神官将シンクルスが控えている。
 シルヴェリアは准将の眼前に立ち、腰のサーベルの柄に手を置いて准将を見下ろした。
 准将は決して視線を背けることなく、シルヴェリアをまっすぐに睨みつけた。
「モーム大佐」
「はっ」
 人垣の中、女性指揮官がシルヴェリアの前に現れる。
「これは勝利か」
「完勝です。これ以上の勝利は考えられません」
「ふぅむ」シルヴェリアは満足げに頷いた。「良いものだ」
 その後ろでシンクルスが、まっすぐ目当ての人物を見つけ出した。靴底で中庭の草を踏み潰しながら、その人物のもとへと歩いてゆく。
「息災であったか、アーチャー殿」
 そら恐ろしいほど優しい声で、彼は敵将に尋ねた。ミカルドは、シンクルスの氷のような双眸を、感慨深げに見上げていた。一切の表情が消えたシンクルスの顔貌は、よくできた陶器の人形のようで、見る者の心臓を凍りつかせるほどの気迫に満ちている。
「……ライトアロー家の生き残りがいたとはな。死に損ないめが、まさか南西領に尻尾を振って飼われていようとは」
「亡き父母の無念を晴らすまでは、泥水を啜ってでも生き延びる所存だ。覚悟召されよ、神官将殿。好き勝手に生きてきた貴殿、よもや悔いなどあるまいな」
「拘束され、無力化された状態の怨敵を撃つか。それとも斬るか」ミカルドは唇を歪めて笑った。「貴様、仮にも神官ならば槍術の心得はあろう。それとも怖いか。正当な戦いを用いてこの俺を征するなどできぬか」
「クルス、挑発に乗るな」
 ロアング中佐が寄ってきて、シンクルスに囁いた。中佐を見る時、シンクルスの目に温かな光が戻った。シンクルスは微笑むだけだった。
「すまぬな、中佐殿」
「シンクルス、ミカルド・アーチャーは相当な槍の使い手ぞ。戦時において数々の決闘を勝ち抜いてきた男と聞く。そなたに勝てるか」
「槍術ならば私にも覚えがあります」
 ロアング中佐は歯軋りする思いだった。シルヴェリアの物言いは、敵の誘いに乗れと言っているようなものだ。シンクルスは既にその気だ。シルヴェリアはミカルドと、その従卒一人だけの拘束を解くことを許した。
「シンクルス、そなたの誇りとやらを私に見せろ」
 静かに瞼を閉ざし、意識を研ぎ澄ますシンクルスに、シルヴェリアは囁いた。
「……死ぬること相成らぬ」
 瑠璃色の瞳を持つ二つの目が開かれた。
 ミカルドの従卒が、彼の槍を持ってきた。体を伸ばし、軽い予備運動をしていたミカルドが、それを受け取る。
 大きな掌にちょうど収まる太い柄。ミカルドはかなりの偉丈夫で、槍はその背丈より長い。白刃は研ぎ澄まされ、それを地に向ける構えで立つ。
 シンクルスが自分の従卒から受け取ったのは、三つに折りたたまれた棒だった。
 それを円形に振り回すと、棒は細身の柄を持つ槍となり、同時に刃を包みこむ鞘が飛んだ。
 広い中庭の中央には、ミカルドとシンクルスが向き合うのみとなった。
「折り畳み式の槍か。面白い事を考える」
「戦場での荷物はかさばらぬ方がよかろう」
「見た目からしておもちゃの様な物ではないか。年端のゆかぬ青二才が、そのような物で俺に挑もうとは」
「年端のゆかぬ青二才かどうかは、ご自身の身でお確かめになるがよい」シンクルスが槍の刃を向けた。「貴様のような卑しき男に屈するものか!」
 その言葉を合図に、両者が足を踏みこんだ。
 突き出される刃と、柄で払いのける音。その音が素早く三度鳴り響く。
 ロアング中佐は、弾け飛んだシンクルスの槍の鞘を、腰を屈めて拾い上げた。それを左手に握りしめ、胸に抱く。そして右手をマントの内側の拳銃に添えた。
 卑怯者と罵られても構わない。シンクルスに憎まれる結果となっても構わない。もしもの時は、この手でミカルドを殺してやる。シンクルスを失うつもりはない。
 気合をこめた掛け声と共に、シンクルスが肩の上に槍を構え、大きくミカルドへと踏みこむ。
 ミカルドの喉を狙って突き出された槍の穂が、下段に構えられた相手の槍に弾かれる。ミカルドは相当の力をこめて弾いたようだ。シンクルスが僅かにふらつく。が、反撃の刃を飛びのいてかわし、すぐに体勢を立て直した。
 二人は間を置き、槍を構えて睨みあう。
 シンクルスが、肩の上に槍を構え直す。
 ミカルドは腰を落とし、下から槍の穂を突き上げて迎える構えを取る。
 どちらも、直ちに互いの喉を一突きできる姿勢だ。
 二人が動き出すまでが、ロアング中佐には永遠に思えた。
 動き出してからは一瞬だった。
 二つの槍がぶつかり合う。
 シンクルスが、交わりあったままの槍の穂を絶妙な力加減で引き、ミカルドの首筋にあてがった。そのままミカルドの片足に自分の足を引っかけ、槍で押す力も加えて相手を仰向けに転ばせた。
「クルス!」
 中佐は勝利を確信し、叫んだ。
 倒れたミカルドの見開かれた目を、シンクルスの槍の穂先が貫いた。槍は眼窩からまっすぐミカルドの頭蓋に到達し、絶命するまで相手の脳をかき回す。
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