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文字数 1,479文字


 3.

 そしてリレーネは、禁室の奥深くから、ありとあらゆる地球の戦艦を探す。地上からの戦艦の探査には、南西領の守護神殿が最優先で取り掛かっているという。その成果に期待したかった。
『バーシルⅣの母艦〈バテンカイトス〉は、戦列艦〈セト〉の艦載戦艦であった。今日は戦列艦〈セト〉に』
「救助要請を送りますの?」
『ちょっとした電子攻撃を仕掛ける』
 リレーネはヘルメットの中で唾をのんだ。
『通信を届けることができずとも、攻撃を受けたとあれば何らかの反応を示すだろう。それを見たい。うまくすれば戦列艦〈セト〉から艦隊司令部への信号を探知できるかもしれぬ』

 戦列艦〈セト〉、反応なし。
 艦載第Ⅰ戦艦〈シャマリー〉、反応なし。
 艦載第Ⅱ戦艦〈バテンカイトス〉、反応なし。
 
 第Ⅲ戦艦〈メンカル〉、反応なし。
 第Ⅳ戦艦〈ディフダ〉、反応なし。
 第Ⅴ戦艦〈ルイテン〉、反応なし。
 第Ⅵ戦艦〈ヴェスタ〉、反応なし。

 なし。なし。
 ない。

 4.

 気が狂いそうな時間。

 5.

『第Ⅶ戦艦〈ミラ〉は救難艦であるが、天球儀建造の際にはアースフィア人技師たちの宿舎として使用されていた。これが、戦列艦〈セト〉の最後の艦載戦艦だ』
 ヘルメットからのシンクルスの声には迷いが滲んでいる。
「わかりましたわ。それにアクセスするにはどう操作すれば宜しいの?」
『その前に一つ、話しておきたいことがある』
「……伺いますわ」
『天球儀建造に携わったアースフィア人の技師たちは、じかに地球の様々な技術に触れた。建造時代の第一世代の技術者たちにとって、胸躍るような、誇らしい経験だったことであろう。時をかけて、天球儀は完成した。同時にそれまで住環境を維持するために用いられていた全ての装置が宇宙港から運び出された。天球儀のもと、王国は栄え、アースフィア人は地球人に頼ることなく生命と環境を維持することが可能となった』
「偉業ですわ。技師の方たちがいなければ、太陽の王国の繁栄はあり得ませんでした」
『そうであるな。して、リレーネ、建造時代の技師たち、その最後の世代がどうなったかおわかりか?』
「地上に戻ったのではありませんの?」
『殺された。地球人たちは彼らが、習得した地球技術を持ってアースフィアの地に下り立つことを許さなかったのだ。誰ひとり。例外はなかった』
「そんな!」
『第Ⅶ戦艦〈ミラ〉は、地球人にとって天球儀建造の最後の仕上げともいえる、技師たちの虐殺が行われた場所だ。地球人たちは全ての技師を〈ミラ〉に集め、艦内に毒ガスを放った』
「そこまでする必要がどこにありましたの? 何故、創造主たちは、地球人はそれほどまでに私たちを憎むのです?」
『地球人たちは独自の進化を遂げていた。とある器官が発達するのと引き換えに、肉体が萎えてしまったのだ。言語生命体は、進化以前の地球人の似姿だ。その身体能力は地球人にとって脅威であり……嫉妬の対象だった』
 リレーネは戦艦内部の惨状を想像する。
 千年の沈黙。
 折り重なって倒れた人々の白骨。その衣服。
 血と脂のしみ。
 口にする者のあるはずがなく、ただ廃棄されるだけの野菜や果物を生産し続ける艦内農場。
 果物や野菜に群がる害虫。
 床を埋め尽くす害虫の死骸とそれをも食らう害虫。
 そんな所。そんな所が私たちの希望。私たちの救い。私たちが生きられる場所。
 リレーネは泣く。体の震えが止まらない。誰かに隣にいてほしい。リージェスさん。リージェスさん。

 第Ⅶ戦艦〈ミラ〉、反応なし。


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