新しい地図

文字数 2,060文字

 松の内も開けてしまい、遅ればせながらではありますが、あけましておめでとうございます。
 元イラストには恒例の月がありまして、7月の水着、8月の浴衣、そして1月は晴れ着です。
 実はサーバートラブルとのことで元イラストが更新されない状況が続いています、旧作ですが未出の作品を繋ぎに投稿いたします。
 実は1月は結構難しいのです、晴れ着でにっこりの美女は眺めるには良いのですが、そこからストーリーをひねり出そうとすると手掛かりに乏しいのです、ですので本作は晴れ着のお嬢さんをダシにして両親の話となりましたw




「ほう……綺麗だよ、祐美……」
「お父さん、何よ、改まって」
 祐美は快活に笑ったが、俺はひとり娘の晴れ着姿を目に焼き付けておこうと、その姿を飽かずに眺めずにはいられなかった。
「もう、なんだか恥ずかしくなっちゃうじゃない」
 長い袖を振ってぶつフリをする。
「仕方がないだろう?毎年、正月にはお前の振袖姿を楽しみにしていたんだが、これで見納めになるんだからな」

 祐美が俺の娘で居てくれるのはあと二ヶ月あまり……この三月には嫁に行くことが決まっている。
 祐美の結婚相手に不満があるわけではない、真面目な好青年だし固い仕事に就いていてそこそこ経済力もある、祐美にぞっこんの様子だから大事にもしてくれるだろう……理想的と言っても良いくらいだ。
 彼の実家はそう遠くはなく、二人の新居もお互いの実家の中間辺り、どちらからも車で30分ぐらいのところに決まっている、嫁に行ってもちょくちょく遊びに来てくれるだろうし、来年の正月にはやはり着物姿を見せてくれるかもしれない。
 それでもやはり一抹の寂しさを感じてしまうのは仕方がない、祐美が生まれた日のことから今日に至るまでの色々な思い出が胸を通り過ぎて行くのだから。

――――――――――――――――――――――――――――――

「じゃあね……お母さん、夕ご飯は要らないから」
 ずっと恒例にして来た家族三人揃っての初詣を済ますと、祐美は別行動を取る、婚約者の家にお呼ばれしているのだ。
 親戚一同へのお披露目になるようだが、どこへ出しても恥ずかしくない娘に育てた自負はある。
「わかったわ、あまり遅くならないでね、着物をちゃんと畳まないといけないから」
「うん、わかってる」
 いそいそと彼の元へ向かう娘の後姿を、つい何時までも眺めてしまう。

「何ですよ、あなた、今になって嫁にはやらん、とか言い出さないで下さいね」
 妻が笑いながら小突く。
「あ……ああ……大丈夫だ……ただ、俺の娘じゃなくなるのかと思うとやっぱり少しな……」
「お嫁に行っても祐美は私たちの娘ですよ」
「ああ、それは判ってるよ」
「あなただってあたしの父親には同じ思いをさせたんですからね、順番っこですよ、あたしもひとりっ子だったんですから」
「ははは、それもそうだ…………また二人きりになるんだな」
「そうですよ、共に白髪……は、もう沢山ありますけど、これからも末永くよろしくお願いしますね」
「ああ、こっちこそ……どうだ、久しぶりに腕でも組むか?」
「なんだか照れくさいわね」
 そう言いながらも妻は腕を絡めて来た……。
 こうして妻と腕を組んで歩くのは何時以来になるんだろう……そう思って妻を見ると、恋人時代、新婚時代の思い出も蘇って来る……少々セピア色に染まってはいるが……。
「なんですか?」
 妻が俺の視線に気付いて、少し悪戯っぽく笑う……。
「……そういう笑顔、久しぶりに見るな……いや、その、なんだ……可愛いよ」
「嫌ですよ……」
 妻は組んでいた腕をほどいて軽く俺をぶったが、前よりちょっとだけ強く絡めて来た。
 
 思い返せば若き日にこの女性と出会い、心惹かれ合って恋人どうしに、そして夫婦となり、やがて祐美が生まれ、家族となってささやかな物語を紡ぎながら今日まで共に歩んで来た。
 そして、三人での旅は直に終わる。
 春から祐美は自分が選んだ伴侶と共に自分の新しい旅を始める、あの頃の俺と妻のように……。 
 俺たちもこれを期に新しい地図を開くのも悪くないかもしれない……。
 旧い地図は丁寧に畳んでポケットにしまって。
 
「今度はどんな地図を広げようか?」
「え? 地図? 何のことですか?」
「いや、人生は旅のようだと言うじゃないか」
「ここまで連れて来ておいて、今更置いてけぼりは嫌ですよ、最後までちゃんと連れて行って下さいね」
「ああ、なにしろお前は方向音痴だからな」
「そう言うあなたは荷造りが苦手じゃありませんでした?」
「ははは、確かにそうだ、二人でないと旅は続けられないな」
 組んだ腕をちょっとだけ引き寄せると、妻もちょっとだけ微笑んでくれた。

 セピア色は長い年月を経た色合い。
 鮮かさは褪せているが、それはそれでまた柔らかな味わいがあるものだ……。
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