新たな一歩

文字数 3,197文字

  


あおいは16歳の時に、ガールズグループの一員として芸能界入りした。
 
 元々人前で歌ったり踊ったりが大好きな、ちょっと目立ちたがりの女の子だった、そしてあおいが歌い踊ると、友達は喜んで『歌手になれるよ』と言ってくれた、ルックスもクセがなく整っていて男の子にも人気がある。
「そんなことないよぉ、ムリムリ」と笑って否定していたが、その実、あおいは自分ならなれると密かな自信を持っていたし、そうなる事を夢見てもいた。
 だが、実際はそんなに甘くはなかった。
 14歳で初挑戦したのは既に国民的アイドルとなっていたガールズグループのオーディション、あおいはあえなく落選した。
 歌も躍りも、そしてルックスも……合格した娘に比べれば自分は素人の域を超えていないのだと痛感させられた落選だった。
 翌年は高校受験もあって充分な準備が出来ず落選、そして高校に上るとダンス部に所属して踊りを磨き、3回目、16歳にしてついに合格することができた。
 しかし、それはスタートラインに過ぎなかった、採用されたのは研究生として、いわば見習いだ、そしてライバルは多勢居る。
あおいは研究生の中にあっても『その他多勢』の一人にしか過ぎない、歌も踊りも横一線、その中で目立つためには何か武器となる個性が必要だ。

 その頃から急に大きくなり始めた胸、あおいはそれを武器にしようと考えた。
 衣装はなるべく胸を強調できるものを選び、ボタンをぎりぎりまで外して胸元を覗かせた、多勢で写真に収まる時は前かがみのポーズを取り踊りでは上下動を大きくして胸が揺れるようにと工夫した。
 そして、それが功を奏して正規メンバーに昇格したのだが、そこでもまだ『その他多勢』の一人に過ぎない、センターまでの道のりは遠い。
 あおいはなりふり構わなかった、自分より可愛くても覚悟の足りない『その他多勢』を尻目に、セクシーな衣装を率先して着て、セクシーな仕草を研究し、他の娘より短く着こなしたスカートを思い切り翻した。
 その甲斐あってあおいの立ち居地は徐々にセンターに近づいて行き、『その他多勢』から抜け出した、名前を知られるようになるとバラエティ番組にも進出して更に顔と名前を売ってセンターに準じる位置まで昇って行った。
 だが、そこには大きな壁が存在した。
 その頃のセンターはアイドルの王道を行く華やかなルックスを持ち、歌も踊りも群を抜いていてセンターの座をゆるぎないものにしていたのだ。
 届きそうで届かないセンターの座、そして後輩も伸びてきて今の自分の座を脅かす。
 ここまでなりふり構わず突っ走ってきたあおいだったが、さすがに毎日のせめぎ合いの中で疲れてきてしまった。
 そんな折に舞い込んできたのがドラマの仕事。
 コメディタッチのドラマで、胸が大きい事でからかわれたり羨まれたりするお気楽OLの役、ヒロインではないがその親友と言う重要な役だ。
 グループの活動から離れたドラマの撮影現場は居心地が良かった。
 グループでは仲良さそうに見せかけてもそれぞれがライバル、油断すれば足を引っ張られる、それに引き換えドラマでは共演者やスタッフと一緒に何かを作り上げようとする空気を感じたのだ。
 自分の演技が上手かったなどとは思わない、ただ地で演じたに過ぎないと自分でも思っていたのだが、ドラマは好評で、あおいの演技も高く評価されて次の出演依頼も舞い込んだ。
 あおいはそれまではやったことがなかった演技の勉強も始めてその撮影に臨んだ。
 そのドラマであおいの評価はほぼ定まった。
 クセのない可愛らしさ、そしてちょっと裏腹な肉感的なボディ、明るい天然キャラだが、なかなかの勉強家でもある、そして既にかなりの知名度があると来ればオファーは引きも切らない。
 女優としての評価が高まり出演作も増えてくると、グループの仕事との両立は大変になってきた、そして、あおい自身、グループの名前を背負わずにやってみたいという気持も強くなって行った。

 
「映画ですか?」
 そんな折、ベテラン映画監督の接触を受けた。
「そう、君にぜひ出演してもらいたいんだ、ヒロインとしてね」
「内容は?」
「タイトルは『最後のグラス』、それで大まかな内容はわかるだろう?」
 少し前にベストセラーになった小説のタイトルだ。
 あおいはまだ読んでいないが、話題になっていたのであらすじくらいは知っていた。
 教え子に次々と手を出してしまうプレイボーイの大学教授と、それを知っていながら惹かれてしまう女子大生の物語。
 教授には妻子があるのは当然知っていたが、恋の炎に身を焦がした女子大生は深い関係を結んでしまう、しかし、教授の方から見れば幾度も繰り返して来た「つまみ食い」の一つにしか過ぎず、女子大生が卒業を迎える頃には別の教え子に乗り換えようとするが……と言った内容だ。
「私に出来るでしょうか」
「君が出たドラマは全てチェックしたよ、このところの進境も著しい、この役には手練手管に翻弄されてしまうウブさと情念の炎に身を焦がす一途さ、そして中年男を虜にする肉体が必要なんだ、それを全て満たせる女優は居ないかと考え抜いた末のオファーだよ、是非前向きに検討してもらいたいんだ」
「わかりました……お返事には少し時間を頂いても?」
「ああ、わかっている、待っているよ」

 その物語のラストシーン、温泉旅行に出かけた先で女子大生は教授を毒殺し、自らも毒を煽ってしまうのだ。
 これまでのドラマではアイドルのイメージを損なわないまま演じることが出来たが、この役はそうは行かない。
 そして映画ともなればグループとしての活動と両立できないこともまた間違いない。
 監督が「待つ」と言ってくれたのはその辺りを考慮してくれているのだろうと思う。

 だが、あおいにそれ程の時間は必要なかった。

 
 それからほどなく、グループのプロデューサーから、あおいの「卒業」が発表された。
 だが、あおいは知っている、グループにとって、プロデューサーにとってのあおいはドル箱ではあるものの、いくらでも代えの利く存在なのだ、あおいが抜けた穴はフレッシュなメンバーが埋める事になりグループに痛手はない、そして「脱退」ではなく「卒業」と称するのもあおいを使った最後のひと稼ぎを画策しているのに過ぎないことを。
「卒業公演」と銘打った公演も行われ、あおいはメンバーから涙で送り出されたが、その実、ライバルが一人消えた事を密かに喜んでいるのだ、あおい自身もそうだったから……。

 そして今、あおいはクライマックスである温泉旅館シーンの撮影に臨んでいる。
 ここまでにも何度かのセックスシーンはあったが、シーツに包まってのシーンだったり、着衣のままのシーンだったりであおいは全てを晒してはいない。
 だがこの露天風呂でのシーンは、ヒロインが死を覚悟した上で最後の情事に臨むシーン、ここであおいはカメラの前に全てを晒し、激しいセックスに燃え尽きるまで身を焦がす女を演じるのだ。

 露天風呂に姿を現したあおいは湯文字を巻き、バスタオルで胸を隠しているが、それは衣装スタッフが気を使って巻いてくれたものだ。

「準備はいい?」
 監督がそう尋ねるとあおいは力強く頷いた。
「用意……スタート!」
 監督の号令とともにあおいはバスタオルをハラリと取り去ってカメラの前に進み出た。
 湯船では教授役があおいを見つめている。
 あおいは湯船の前で湯文字も取り去って全裸となると、湯の中へと脚を踏み出した。

 それはいままでやって来たことへの決別の一歩であり、女優・あおいとしての最初の一歩でもあった……。
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