Lunatic World

文字数 2,558文字



 パァン!
 乾いた大きな音が、どんよりとした師走の空を切り裂き、駅前広場に居合わせた人々の眼は一斉に音の出所に注がれた。

 銀行から走り出て来た男の右手には拳銃、そして左手にはパンパンに膨れ上がったボストンバッグ、ひと目で銀行強盗だとわかる。
 男の周りからは波が引くように人が離れ、まるで十戒の海割のように男の前に道が出来た。
 
▽   ▽   ▽   ▽   ▽   ▽   ▽   ▽

 月(ルナ)は転校生、高校二年の二学期に僕のクラスに編入されて来た。
 元より僕は眼鏡フェチ、眼鏡が良く似合う、知的で大人しい感じの娘が大好物。
 ルナはど真ん中のストライク、その上ちょっとあり得ないくらいの透明感があり、落ち着きのある物腰は実年齢以上に大人びた雰囲気もある、ど真ん中ってだけじゃなくて180キロの剛速球だ、僕はひと目でやられちまった、一球で三振取られたみたいに。
 
 あまりに惹かれてしまっていたので却って気後れしてしまい、ルナと親密になれたのは文化祭の準備でのことだった。
 ウチのクラスではショートムービーを撮ることになり、僕が脚本を書いた、内容は現代に現れたかぐや姫の話、もちろんルナを念頭に書いたものだし、ヒロインを決めるHRでは満場一致でルナが推された。
 まあ、監督ではないものの、脚本担当としては撮影に張り付いていて不思議はない。
 僕にとっては役目とか義務とかじゃなくて、願ったりだったけどね。
 ショートムービーは大ウケ、そして僕は念願かなってルナと親しく話せる間柄になったわけだ。
 
 二学期も終わり、冬休みの初日は折しもクリスマス。
 僕はルナを映画に誘い、スタバでおしゃべりして、帰りがけに大して高いものじゃないけどペンダントを渡すつもりだったんだ、清く正しい高校生としてはそれくらいが精一杯だし、僕はポケットの中でペンダントの箱を握りしめて、いつ渡そうかチャンスをうかがっていた……銀行強盗騒ぎが起こったのはその矢先だったと言うわけさ。
 
 もちろん、僕はルナを守ったよ、万一流れ弾が来たりしても彼女が傷ついたりしないように、彼女の前に立ちはだかったわけ。
 でも、その時だったな。
「私は大丈夫よ」
 彼女はそう言って僕の左側に立ったんだ。
「ダメだよ、危ないよ」
「アリガト、でも大丈夫なの、これ、ちょっと持っててくれる?」
 彼女はそう言うとスタバのカップを僕に渡し、トレードマークの、ヘアバンドくらいの大きさのあるカチューシャを外したんだ。
 すると……僕は自分の目を疑ったよ。
 彼女の身体が青白い光に包まれると、左手に持ったカチューシャがぐんと伸びて、やはり青白く光る弓に変わったんだ。
「え?……」
 あっけにとられる僕にチラッと微笑みかけると、右手で弓を引くようなしぐさ……すると青白い光が矢の形になって現れ、彼女がそれを射ると、矢は真っ直ぐ強盗の背に向かって飛んで行った……。

 強盗はどうやら単独犯で、本職でもなかったらしい。
 逃走用に用意していたのは古ぼけた自転車、しかもいつもの癖だったのか鍵までかけてしまっていて、大いに焦りながらポケットをまさぐっている最中。
 手慣れていないどころかかなりマヌケな強盗、この分だと拳銃もおそらくはモデルガンで音はかんしゃく玉だったんだろうと思う。
 
『ギャー!』……って声を予想していたんだが、矢が背中に命中しても強盗は声ひとつあげなかった。
 でも、ポケットをまさぐるのをやめてその場に膝をついてしまい、両手は膝の上に……良く聞こえなかったが、多分『俺はなんてことを……』かなんか言ってたんだろうと思う、座り込んでうなだれている強盗は駆け付けたお巡りさんにあっけなく捕まり、遠巻きに見ていた人々もホッと一息……むしろ面白いものが見られたとばかりに言葉を交わしながらまた歩き始めた。

「驚いた?」
 そう話しかけて来た時、彼女はいつもの姿に戻っていたが、今見た光景は夢じゃなかったと言っているようなものだ。
 そして驚かない方がおかしい、僕があんぐり口を開けたままでいると……。
「庇ってくれてありがとう、嬉しかったし、カッコ良かったよ、でも、今の私の姿見たでしょ?」
 口はまだ塞がらなかったが、僕はウンウンとばかりに二度、三度と頷いた。
「私、実は地球人じゃなくて、月からやって来た平和の使者なの……」
 だしぬけに言われても信じろと言う方が無理だが、今のワンシーンを見せられてからだと信じない方がむしろ難しい。
「短い間だったけど、あなたやクラスメートと過ごしたこの四ヶ月間はとても楽しかったわ……ありがとう……」
 そう言い残すと、彼女は立ち尽くしたままの僕を背に、雑踏に消えて行った……。

▽   ▽   ▽   ▽   ▽   ▽   ▽   ▽

 三学期が始まると、学校にルナの姿はなかった。
 担任は『ルナさんは転校しました』とだけ告げたが、彼も残念そうに見えたことは憶えている。

 始業式が終わると、何人かの仲間と一緒にサイ〇リヤに繰り込んだ、話題の中心はもちろんルナのこと。
 まあ、告れなかった、告ったけど『ごめんなさい』された、と多少の違いはあっても皆同じような思いを抱えていた。
 僕も最初はそうだったけど、何しろルナはつい気後れするくらい魅力的だったから……。

「おい、お前、文化祭以来、結構親しくしてたけど、告ったのか?」
「いや……」
 結局ペンダントはまだ僕の引き出しの中に眠ったままだから、正式に告ったとは言えない……だけど『あの事』を知っているのは僕だけ、始業式に彼女の姿がないことは何となく予想していたし、実際に『転校した』と聞かされても妙に納得していた。
 僕がその時弄っていたのは、伝票を立てる斜めにカットされた透明パイプ。
 透明な竹のようにも見えるそれを手に、彼女に思いをはせていたんだ。

 その少し後のこと。
 小国ながらやけに好戦的、挑発的な独裁国家の態度ががらりと変わって、核兵器を全面的に破棄すると表明した。
 日本も含めて国際世論は眉唾ものだと警戒していたが、僕は信じる気になっていた。
 だって、ルナのあの光の矢にやられたとすれば、いかに傲慢な独裁者であってもおそらくは……。
 僕は彼女に渡しそこねた三日月形のペンダントを眺めながら、そんなことを考えているんだ。

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