見えなくたって……

文字数 3,300文字




「菊乃、誰と話しているの?」
「お友達だよ、この家に昔から住んでるんだって」
 あたしがそう言うと、お母さんがずいぶんと怪訝そうな顔をしてたのを覚えている。
 その時はその子があたしにしか見えないってことをまだ知らなかったから。

 引っ越しは二回経験している、一回目はまだ一歳の頃だったので覚えてないけど。
 お父さんの会社が地方に支社を立ち上げるとかで引っ越ししたらしいんだけど、その時会社から提供されたのが空き家になっていた農家、二人とも東京の下町育ちで『濃い』近所付き合いには慣れてたし、自然豊かな土地での暮らしにも憧れがあったらしくて、通勤も車だったからそんなに不便もなくて気に入ってたみたい。
 あたしも楽しかった。
 ひとりっ子だったけど、家にはいつでも『お友達』がいたし……あの子が座敷童だったってわかったのは、あの子と一緒に里山に遊びに行くと待っててくれる別の『お友達』がそう呼んでたから。
 もっとも、その時はそう言う名前なんだって思っただけで、座敷童ってどういう存在なのか知ったのはだいぶ大きくなって本とか沢山読むようになってから。
 別のお友達って、かまいたちちゃんとか、ぬりかべ兄ちゃんとか、ちょっと歳は離れてたけど子泣き爺さんとか。
 お雪さんってすごく綺麗な女の人もいたよ。

 そこで暮らしたのは小学校を卒業するまで、東京に戻ったら私立の中学に入学した。
 学校名を聞かれて答えると『へぇ、お嬢様学校だね』って驚かれるんで、その時始めてお父さんが会社でずいぶんえらくなってたんだってわかった。
 
 東京に戻ったら座敷童や里山のみんなとは会えなくなったけど、かまいたちちゃんだけは時々様子を見に来てくれて、その時はこっそりお話もした。
 どうして『こっそり』かって言うと、その頃にはもう里山のみんなとお話しできるって、普通じゃないってことはわかってたから。
 でもね、みんながあたしの事気にかけてくれてるのがわかって嬉しかったし、みんなが元気だって聞いて、あたしも頑張ってるよってかまいたちちゃんに伝えてもらった。

 でね、あたしが何を頑張ってたかって言うと、絵を描くことなの。
 里山の様子や、そこにいるお友達を絵に描くとみんなが『すごいね』って驚いてくれる、それが嬉しくて沢山描いているうちに絵も上手になって来て、そのうち違う絵も描くようになって、自分でも上手に描けたと思うとそれも嬉しくてもっと熱中するようになっちゃった。
 
 学校は大学まで繋がってたから、同級生たちはほとんどそのまま大学まで進むの。
 でも、あたしはアニメのお仕事がしたかったから、大学には行かないって言った。
 もちろんお父さんとお母さんは反対だったよ、でもね、あたしの決心が固いってわかったら許してくれた……諦めたって言う方が近いかも知れないけど。
 でね、高校生の時から時々アルバイト(学校にはナイショだったんだけどね)に行ってたアニメーション会社に入ったの、『ウチに来てくれれば嬉しいよ』って言われてたから。

 アニメのお仕事って大変だったけど、好きなことだから楽しかった。
 で、勤め始めてから二年目に、里山の妖怪とか出て来る劇場用アニメを作ることになって、すっごく忙しくなって、泊まり込みとかもするようになったの。

 そんな頃……。
 ちょっと前に京都でアニメ会社が放火されて沢山の人が亡くなった事件あったでしょ? 模倣犯って言うの? 同じことをしようとした人がいたんだ……。

 犯人が夜中にこっそり忍び込んで来てガソリンを撒いて火を付けた時、『ボン』って大きな音がして大きな火柱が上がったの。
 あの事件のことは良く知ってたからすごく怖かった、一瞬『死んじゃうかも』って思ったもの。
 その時よ、急に部屋の中に吹雪が舞い起こって、火は瞬く間に消えたの。
 誰が助けてくれたのかはすぐわかった、そんなことが出来るのはお雪さん以外にいないもの。
 犯人は走って逃げようとしたけど、その行く手をぬりかべお兄ちゃんが遮って、子泣き爺さんがドーンって乗っかって……腰を痛めて動けなくなってるところをあっさり逮捕されたわ。
 でもね、会社のみんなには妖怪さんたちは見えないの、急に吹雪が舞いこんで来たのは誰にでもわかるけど、お雪さんがそれを一生懸命起こしてくれてるのは見えない。
 ぬりかべお兄ちゃんも見えないから犯人が急に転んだようにしか見えないし、どうして動けなくなっちゃったのかもわからない。
 でもね、ちょうど妖怪のアニメ作ってる時でしょ? きっと妖怪さんたちが助けてくれたんだよって言い合ってた……。

「みんな、本当にありがとう、おかげで助かったわ……でも、どうしてこんなに早く来れたの?」
 みんなは笑ってたけど、一番年上の子泣き爺さんが教えてくれた。
「菊乃ちゃんが妖怪のアニメ作ってるって、かまいたちが教えてくれたんじゃよ、それがどんなアニメなのかいっぺん見てみようってやって来たんじゃよ、このそばまで来たら、一足先に行ってたかまいたちが『大変だ!』って戻って来てのぅ、菊乃ちゃんの一大事じゃってんで、駆け付けたってわけじゃ」
「そうだったの……みんなが助けてくれなかったら妖怪のアニメも作れなかったわ、それよりなにより、あたしと会社の仲間の命を救ってくれて、本当にありがとう」
「当たり前のことをしただけじゃよ、他でもない菊乃ちゃんとその仲間だし、わしら妖怪に一番理解がある人たちじゃからのぅ」

 その時……。
「菊乃ちゃん、誰と話してるの?」
 急に後ろから先輩に声をかけられてびっくりした。
 普段はかまいたちちゃんと話す時も辺りに人がいないか確かめるんだけど、こんな時だからすっかり忘れてて、里山で遊んでた頃みたいに普通にしゃべってたの。
 でもね……ここの人たちって、想像力あるし、不思議なことも怖がらないで興味を持つ人たちばっかり、それに里山のみんなが助けてくれたこと、ちゃんと話さないとみんなに悪い気がして……。
「あたし、小さい頃古い農家に住んでたんです、その時に座敷童ちゃんとお友達になって、里山の妖怪さんたちともお友達になったんです……今日のこともみんなが助けてくれて……見えないかもしれないけどそこにいます」
 そうやってみんなの方を指さしたら、青白い月の光が一筋差して来て……。
「……見えるよ……ぼんやりとだけどあたしにも見える……雪女さんにぬりかべさんにかまいたちさん、子泣き爺さんに座敷童ちゃんも……あなたたちが助けてくれたんですね、感謝の言葉もありません」
 先輩がそう言うと、会社のみんなもその後ろに集まってて……。
 さすがに想像力豊かな、子供の心を忘れていない人たちね、みんなにも見えたみたい……。

 妖怪のアニメはすごく良く出来て、沢山の人が見てくれた。
 でもね、良く出来てるの当たり前だよね、本物をモデルに描いたんだから。

「あのアニメ映画が大ヒットしてるって聞いて、みんな喜んでるよ、人間たちから忘れられないで済むって」
 相変わらずかまいたちちゃんはちょくちょくやって来る、彼は風さえ吹いてればどこにでも現れられるからね。
 でね、あの事件があってからは、会社の方にも来てくれて、会社のみんなとも仲良しなんだよ、入って来る時、出て行く時にカーテンが切れちゃうのだけは困るんだけどね、でもブラインドにしようなんて誰も言わない、かまいたちちゃんと会えない事の方が淋しいからね……。

 今はアニメの仕事頑張ってるけど、いつか漫画も描いてみたいなって思ってる。
 だって、あの夜から会社のみんなにも見えるようになったんだから、お友達になりたいって思えば見えるようになるってわかったし、そう言う人が増えたら良いなって思うから。
 だって、見えなくたっているんだもの、あたしの大事なお友達、里山の妖怪さんたちは……。

(終)
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