チェックのチューブトップと麦わら帽子

文字数 4,243文字

6月分の『ベリー・ショート』と同時投稿になってしまいましたが、7月のイラストはお待ちかねの水着です(^^)

(あれ? なんか変……)
 真紀は小学六年生の12歳。
 朝、目が醒めて一つ大きな伸びをすると体に違和感を覚えた。
(わっ! 何? これ?)
 一番違和感の大きい胸に手を持って行くとポワンと柔らかい、見下ろしてみるとパジャマ代わりにしてるTシャツの前が大きくせり出している。
(どういうこと?)
 思わず飛び起きてクロゼットの扉に張り付けられている鏡の前に立つと……。
「え~~~~っ?」
 思わす大きな声を上げてしまった、寝た時は12歳だったはずなのに、起きたらすっかりハタチくらいの姿になっていた。
(へぇ、こういう感じなんだぁ……)
 戸惑いはもちろんある、でもその前に鏡に映る自分の姿に見とれてしまう。
 12歳ともなると発育の早い子は結構胸が張り出してきている、だが真紀はと言えばAカップどころかAAAカップ、本当はブラもいらないくらいなのだが、スポーツブラをしているのは正直言って見栄に近い、締め付ける必要があるのかと言えばそうでもない、(もうちょっと大きければいいのに)といつも思っていた。
 まあ、かなりお転婆な部類でいつも身体を動かしているから胸の発育に回せるだけの脂肪が貯えられないだけなんだ、と言い聞かせて無理やり自分を納得させていたのだが……。
(うん……やっぱり生で見たいじゃない?)
 鏡の前でTシャツを脱いでみると……。
 プルン。
(わぁ……すっごい柔らかいんだ……でも、これってちょっと大きすぎかも)
 そんなことを考えながら鏡の前で正面を向いたり斜めになってみたり……自分のバストを存分に鑑賞していると……。

「真紀、起きたの? 今日は事務所に行くんでしょ? ま、何? 自分で自分のおっぱいに見とれてるわけ? まあ、世の若い男性がメロメロになるだけのことはあるけどね……早く朝ご飯食べちゃいなさい」
 ママがドアを開けて顔を覗かせた。
「ママ……」
「なあに?」
「……ん……何でもない」
「変な娘ね」
 ママは急にハタチくらいになった自分の姿に全然驚いてないみたい……。

 朝ご飯をしっかり摂りながらママの様子をうかがう……自分が急に10歳くらい年齢を重ねているのだからママもそれなりに……う~ん、どうもわからない、昨日より少し歳を取ったようにも思えるし昨日のままのような気もするし……。

「行ってきま~す」
「気を付けてね」
「うん」
 ママは『事務所に行くんでしょ?』としか言わなかったが、なぜか自分が向かうべきところは何故かわかっている、駅までの道がわかっているのは当たり前だが、どの駅に向かって、そこからどう行けばいいのかも。

▽   ▽   ▽   ▽   ▽   ▽   ▽   ▽

「おはようございます」
 事務所に入るとマネージャー……らしき人が真紀を見るなり腰を上げた。
「おはよう、少し早めだけどもう行こうか」
「え~と……どこ行くんでしたっけ?」
「なんだよ、今日は大事な撮影があるんじゃないか、篠川先生がグラビア撮ってくれるんだぞ、その出来次第じゃ一躍売れっ子なんだぜ」
「ああ、そうでした」
「なんか頼りないなぁ……まあ、そういうポワンとした雰囲気も真紀のキャラではあるけどな」
 マネージャーについて車に乗り込むとシートベルトを締める、と、たすき掛けの部分が胸の谷間にピタリと納まる。
(へえ、こういう感じなのかぁ)
 見下ろすとシートベルトのせいで胸が強調されてしまうようで……ちょっと恥ずかしい気もするが、なんか……嬉しい。

 マネージャーの車はほどなく大きなビルの地下駐車場に滑り込んだ。
「おはようございます、高橋真紀です、今日はよろしくお願いします」
 最上階、と言うかペントハウスに着いて、マネージャーがドアを開けるとそこは写真スタジオ、何人ものスタッフが撮影準備を進めていて、壁から床にかけて広げられた白い布にはまばゆい光が当たっている。
「ホラ、真紀も……」
「あ、はい……よろしくお願いします」
 マネージャーに小声で促されて、真紀もぺこりと頭を下げた。
「先生がみえる前にメイクとヘアを終わらせちゃいましょ」
 女性のスタッフに促されて別室に……そして支度が整うと水着を渡された。
 物事が手際よくぱっぱと進んで行くので流れに飲まれているばかりだったが、どうやら今の自分が何者なのか理解できて来た。
(これって芸能人よね……なんか夢が叶ってる……)
 何が何でも、とまでは行かないが、芸能人になるのは真紀の夢だった、歌とかそんなに上手くはないけどダンスは得意だし、運動は得意でバク宙とかもできる。
 友達にも『真紀って可愛いしダンスはキレッキレだからA〇Bとか行けるんじゃない?』とか言われてちょっとその気になっていたが……。
 受け取った水着を広げてみると『布地を節約するにも程があるでしょ?』と言いたくなるようなシロモノ、一瞬(え~~~っ?)となったが、朝、鏡で見た自分を思い起こすと(まんざら似合わなくもないんじゃない?)とも思う。
「用意出来ましたけど」
 そう言って更衣室から出て行くとマネージャーの目が丸くなった。
「どうしたの? その肌!」
「え? どうしたのって言われても……」
 7月ともなれば学校でプールの授業もあるし、日焼けしてるのは当たり前なんだけど……。
「それ、スク水の跡だよね、困るんだよなぁ、今日ビキニ着るってわかってたはずじゃないの?」
「ごめんなさい……」
 マネージャーの語気がだんだん荒くなってきて、それにつれて真紀はだんだん小さくなって行く。
 と、その時、スタッフの視線が全てドアの方向に注がれた。
「おはようございます!」
「ああ、おはよう」
 割とずんぐりした体形に似合わない軽い足取りで入って来た人物……小学生の真紀でも知っている有名な写真家、篠川だった。
「その娘が真紀ちゃんだね? いいじゃない」
「なんかスク水の跡を付けて来ちゃって……気を付けるように言ってたんですが……」
「ん? スク水の跡? ああ、そうだね」
「すみません……」
「いや、良いんじゃない……ちょっと幼さが残る感じの顔立ちだしさ、却って良いかもよ」
「そうですか? ありがとうございます」
 マネ―ジャーがしきりに頭を下げるので真紀もそうしていたのだが、ふと顔を上げると写真家の目は笑っていた。

「いいよ、とってもいい、ちょっと上を見て微笑んでみて……そうそう……今度は床に手をついて視線こっちね」
 一体何百枚撮るんだろう? と思うほどシャッターの音が鳴りやまない。
 ただ、スタッフの表情から察すると、写真家は『乗って』いるみたい……。
 水着も何枚か取り替えながら撮影は進み、最後に渡されたのは赤白チェックのチューブトップ。
「ああ、いいねぇ、最初の青いのも清楚な感じで良かったけど、それくらい華やかな方が似合ってるよ、お~い、麦わら帽子ないか?」
 スタイリストが小走りに麦わら帽子をいくつか持ってくると、写真家はその中から即座に鍔の縁がバサバサになっているものを選び、真紀に被せた。
「いいよ、とってもいい」
 シャッター音がそれまでにも増して続けざまに響いた。

▽   ▽   ▽   ▽   ▽   ▽   ▽   ▽

「……あれ?……ここ、どこ?」
「ああ、真紀、気が付いたのね? 良かったぁ……」
 真紀が横たわっていたのは病院のベッド……意識がはっきりして来ると、確かに心当たりがある……。
「もう……お転婆もほどほどにしないと」
 ママが怒ってるような、ホッとしたような複雑な顔をしてる。
「心配かけてごめんね」
 真紀の記憶に残っていたのは真っ青な空を見上げながら落ちて行く自分。
 ジャングルジムで遊んでいて、思い切り背中を反らせた時に手を滑らせた。
 ふわっと重力がなくなったような感じがして、(あ、やばいかも)と思った、何だか空の青さが印象に残っていて、それから後頭部と肩に強い衝撃を覚えた……そこから先の記憶がなく、間が醒めてみると病院のベッドだった、と言うわけだ。
「脳波に異常はないし、脳内出血もないみたい、今日は念のため病院で過ごしてもらうけど、多分明日には帰れると思うよ」
 白衣を着て聴診器をぶら下げた医師の顔は笑っていた。
「お嬢ちゃん、運動神経抜群だね、落っこちるところを見てた子の話じゃ、柔道かプロレスの受け身みたいに両手で地面をばんと叩いたらしいよ、下手な落ち方してたら首を折ったかもしれないし、頭にももっとダメージがあったかも知れない、まあ、お転婆が過ぎて落っこちたわけだけど、お転婆が君を救ったとも言えるね」
「はぁ……」
 なんだか褒められてるのか貶されてるのか……。
「でもね、落っこちなければ運動神経も何も関係ないんだからね、わかってる?」
 ママの口調はきつかったけど、目はそれほど怒ってなかったような……。

▽   ▽   ▽   ▽   ▽   ▽   ▽   ▽

「あ、これ……ねえママ、あたしこれが良い!」
「何言ってるのよ、小学生がセパレート水着なんてダメ」
「でもどうしてもこれが良い!」
「ダメ! ワンピースにしときなさい」
「え~~~?」
 夏休み、父方の田舎へ泊りがけで遊びに行くことになっていた、父は海育ちで近くに良く賑わう海水浴場もある。
 真紀は新しい水着を買ってもらうことになっていたのだ。
「良いんじゃないか? どうせぺったんこなんだしさ」
 パパが助け舟を出してくれた、一言余計な気もするが……。
「しょうがないわね……」
 手に取っていた値札を見ながらママが渋々承諾してくれた。
「帽子も……ダメ?」
 ママではなくパパに向って言う……真紀は一人娘、父親とは娘に弱いものだ、まして一人娘ならなおさらに。
「ああ、どのみち帽子はあった方が良いからな」
「やった!」

 ショッピングセンターで真紀が見つけたのは赤白チェックのチューブトップに鍔の先がバサバサになっている麦わら帽子。
 そう、あの夢で見たスタイルだ。
 ショッピングから戻り、自分の部屋で水着に着替えて鏡に向かう。
 胸はまだ全然だが気にならなくなった、だって10年後にはチューブトップからはみ出しそうになっているはずだから……まだ時が熟していないだけ。
 それに……今だって悪くないじゃないじゃない?
 きっと中学に上がる頃にはほんのりと膨らんでくるはず、そしたらぐっと見られるようになるわ……だって……。
 あれは予知夢だったんだと信じてるから。
 

 






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