『顔よりふともも』

文字数 3,333文字

 2016年7月の扉絵に付けたストーリーです。
『顔よりふともも』はガールズケイリンのポスターで実際に使われたキャッチフレーズで、そのポスターを目にした時、(これって、どんなものかねぇ)と思いましたが、ポスターに登場した選手たちが、インタビューで「ふとももが太くなったと言われるのは嬉しいですよ」と答えていたのが印象に残っています。

                『顔よりふともも』



「次までにはヘルメットを用意しておきなよ」
「は~い」
「それと、まだ本格的なウエアとまでは言わないけどさ、水着じゃない方が良くはないか? 俺としては目の保養になるんだけどさ」
「は~い、わかりました」
「じゃ、後ろから着いて行くから、前を走って」
「はい」

 美和が大学の後輩であることは最近知った。
 入社してきた時からサッパリ、ハッキリ、ハツラツとした娘だなと気になっていた。
 いや、そういう娘がタイプなもんで……。
 ただ、大学では出会っていない、歳が四つ違いだから、入れ替わりだったのだ。

 大学時代、俺はテニスサークル所属だった。
 体を動かすのは好きだが、体育会系のノリはちょっとね……。
 就職してから先輩に誘われて始めたのが自転車競技、たいして実力があるわけじゃないが、一応ロードレーサーに跨って市民大会レベルのレースには出場している。

 美和は体育会所属、卓球部だったそうだ。
 卓球は手軽に楽しめるスポーツだからラクかと思われがちだが、そうではない。
 移動距離は短いものの、その分一瞬の勝負になる、常に重心を落としてどんな球にも反応できるように身構えているのでふとももはかなり発達する、そして、屋内競技なのでそんなに日焼けしない。
 その成果物が、今俺の目を釘付けにしているふともも……そういうわけだ。
 
 やはり体を動かすのが大好きな美和、同門とわかって飲みに行った時に、俺が自転車競技をやっていると知って大いに興味を示したのだ。
 美和に手ほどきしてやるのはもちろん大歓迎だった。
 だが、俺が出来たのは本当に手ほどきまでだった。
 大学で体育会に所属してしまうくらいだから、一度ハマってしまえば熱意が違う、しかもふとももの筋肉はそこらの男も顔負けだ。
 あっという間に俺では追いつけないほどに速くなり、市民大会レベルはさっさと卒業して、直に県大会レベルまで昇って行った。
 
 そこで止まってしまわないのがまた美和らしいところ。
 『これだ!』と思ったのだろう、さっさと会社を辞めて競輪学校に入ってしまった。
 ロードレースである程度の結果を出しているから、競輪学校でも喉から手が出るほど欲しい人材だっただろうと思う。
 18歳、高卒で入学する者が多いらしく、23歳になっていた美和はやや遅咲き。
 しかし、ゼロからの出発ではない、卓球で鍛えたふとももは大いに物を言ったらしい。
 
 一年後、ガールズケイリン選手としてデビューした美和は、その脚力を如何なく発揮し、レースの駆け引きを身につけた三年目には、グランプリ出場にまで上り詰めた。
 人気もうなぎのぼり、なにしろ実力だけじゃなくて顔も可愛いからな……。
 
 美和と再会したのは、地元の競輪場に出場した時のことだ。
 ご存知のように競輪はギャンブルでもあるから、八百長防止のために、選手は外部との接触を厳しく制限されている、競輪場で軽々しく声をかけるわけには行かないのだ。
 しかし、なんとしても一度は会って激励したかった俺は、競輪場の通用門で、レースを終えた美和が出てくるのを辛抱強く待った。

「あれ~っ? 鈴木さんじゃないですかぁ!」
 あまり気取りのない、しかし真新しい小型車に乗った美和は、俺を見つけるとうれしそうに、そして思ったよりも気軽な感じで声をかけてくれた。
 もっとも、今日のレース、美和は一着だったから八百長の嫌疑をかけられる要素もないのだが。
「もしかして、見に来てくれてたんですか?」
「ああ、地元だからね」
「あ、そうか、アパートはこの近くでしたっけ」
「そう……応援してたよ、車券も買ってたからその意味でもね」
「わぁ、ありがとうございます」
「こっちこそ、小遣い稼ぎまでさせてもらっちゃったよ」
「うふふ、じゃぁ、晩御飯おごってもらっちゃおうかな」
「ああ、いいとも」
「あ、でも、ご結婚とかは?」
「まだだよ、美和より可愛い娘がまだ現れなくてさ」
「またまた~」

 実際、美和とは恋仲と言うような関係ではなかった、たまたま同じ趣味を持つ先輩後輩、気の合う仲間と言ったところだ。

 ただ、美和が競輪学校に行ってしまうと、思った以上に淋しかったのも事実だ。
 恋に落ちる一歩手前くらいまでは行っていたのかも知れない。

 ただ、美和はこんな具合にざっくばらんな性格、こうやって会って話せば恋心よりも楽しさが先に立つ。

「何が食べたい?」
「そうだなぁ……まあ、とにかく乗っちゃって下さいよ」
「そうだな、お邪魔するよ」

 結局、話がまとまったのは中華料理、地元ではまずまずの中華料理店の駐車場に車を滑り込ませた。

「中華料理、好きだったっけ?」
「そうでもなかったですよ、どっちかって言うと洋食が好きだったかなぁ、でも、中華って栄養バランスがいいじゃないですか」
「ああ、そうだね」
「それにニンニクとかたっぷり使ってるからスタミナも付くし……あはは、女の子じゃないみたいですね」
「いや、プロ意識高くて感心したよ」
「そう言って貰うと、餃子もう一皿追加するのに気兼ねがなくて助かりま~す」
 
 まったくもって胸のすくような食べっぷり……。
 つくづくプロのスポーツ選手なんだなぁ、と思う。
 そんな美和を見ているのは楽しいが、手の届かない存在になったんだな、とも思う……。

「え~? せめて割り勘にさせて下さいよ、思いっきり食べちゃったし」
「いいんだよ、美和の車券で儲けたって言っただろう?」
「それとこれとは……」
「大学の後輩で、会社の後輩、それに女の子なんだからさ、割り勘じゃ俺が格好つかないだろ?」
「そうですかぁ? じゃぁ、お言葉に甘えます、ご馳走様でした」
「その代わり、またこっちに来た時にはまた儲けさせてくれよ」
「任せといて下さい!」

 最寄の駅まで送ってもらう間、ちょっとだけ気になっていたことを尋ねた。
「なぁ、最近ポスターを見かけるんだよ」
「あ、あれですね?」
「そう、『顔よりふともも』ってやつ」
「あはは、ご覧になりました?」
「女の子としてはどうなの? あれ」
「全然オッケーですよ、アイドルとは違いますもん、実際、選手同士で話してる時もお洋服やメイクよりも、ふとももがどれくらい太くなったかばっかりですしね」
「そうか、それならいいんだ」
「あ~、気にしてくれてたんですかぁ?」
「まあ、ちょっと引っかかるなとは思ってた」
「ありがとうございます、女の子としては嬉しいですよ、でも、今は競輪選手ですからね」
 美和はそう言ってにっこりと笑った……。

「じゃあな、頑張って」
「鈴木さんも……早くお嫁さんも見つけて下さいね」
「まあ、そっちはなんとも言えないけどね」
「今日は楽しかったです、また見に来てくださいね」
「ああ、それは約束するよ」
「じゃぁ、おやすみなさい」
「おやすみ」

 走り去る車を見送って思った。
 ほのかに感じていた恋心は、まあ、過不足ない程度に伝えたつもり、彼女は冗談だと受け取ったかも知れないが……その上でのあっさりした別れ。
 でも、これで良いと思って、すっきりした気分だった。
 美人ガールズケイリン・レーサーとして人気急上昇中の美和、競輪に打ち込んでいる彼女の邪魔なんぞこれっぽっちもしたくはない。
 なにしろ、俺は彼女の大ファンで、こうして親しく食事できる間柄。
 俺にはそれで充分……強がりでもやせ我慢でもなく、そう思えた。
 


            (終)
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