夢の恋人

文字数 1,346文字

 2013年6月の表紙絵につけたストーリーです。
 『夢のような恋人』ではなく、『夢に出て来る(夢にしか出てこない)恋人』と言う意味です、イラストに背景がないところから『夢』をイメージしたように記憶しています、紫陽花か何かの背景が描かれていたら違ったストーリーになっていたかも……。
  



          『夢の恋人』

 どうしてその女性の夢を何度も見るのか……。
 しゃがみこんで僕を見て微笑む優しい目……。
 顔も姿もぼんやりと霞んでるんだが、優しい目だけはくっきりと浮かんで来る。
 いや、同じ夢を何度も見る理由はわかってる……夢の女性に恋しちゃってるんだ。

 その夢は何時頃から見るようになったんだろう?
 随分前のことで忘れてしまった。
 小学校、中学、高校、大学と、恋は沢山したし、付き合った女性も何人もいる。
 惚れっぽい? まあ、否定はできないね、自分でも呆れる事があるくらいだから。
 でも、どれも長続きはしなかった、あの夢を見てしまうともういけない。
 理想の女性を胸深くに抱いたまま別の女性と付き合うことは出来ないし、第一現実の女性に失礼だろう?
 惚れっぽいけど律儀な性格でもあるんだよ。

 大学を卒業し、就職して数年は無我夢中で働いた。
 少し余裕が出来てきた頃、僕は運動不足解消の為にテニススクールに通い始めた。
 大学のサークルで齧っていたんだ、「齧っていた」と言うのは「テニスをやっていた」と言えるほど熱心なサークルじゃなかったから、まあ、ウィークエンドプレーヤー向けのテニススクールでぎりぎり上級者クラスに入れるかどうか、その程度の腕前さ。

 で、そのテニススクールで僕は彼女と出会った。
 いや、夢の女性のことじゃない、現実の女性さ、でも、夢の女性と同じ雰囲気を感じたんだ、何より優しいまなざしにね。
 同じ時間帯のクラスだったから話をするようになったのはすぐだったが、二人で話をするようになるまでは少し時間がかかった、彼女は初心者クラスだったし、友達数人と一緒に来てたからね。
 でも、その間にもどんどん惹かれて行ってしまったんだ、あの夢は彼女に出会って以来見ていない……。

 
「お仕事、何してるの?」
 初めてテニスクラブを離れてデートした時、彼女に聞かれた。
「銀行員」
「わぁ、難しそうなお仕事ね」
「慣れればそうでもないよ、君は?」
「幼稚園の先生してるの」

 その言葉を聞いた途端、僕は二十数年の時を遡った。
 そして長年の疑問の答えを見つけた。
 
「は……はは……ははは……」
「どうしたの? 変な笑いかたして」
「ああ、ごめん……急に思い出したことがあってね」
「変なの」
 彼女はくすりと笑った。

 彼女に惹き付けられた理由はこれだったんだ。
『幼稚園の先生』……。
 そんなに小さな頃から惚れっぽかったとはね……。

 夢の恋人は先生の姿を借りたキューピットだったのかもしれないな、そして僕が運命の女性を間違わないようにずっと見張ってくれてたらしいや……何しろ僕は惚れっぽいからね。


              (終)
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